全ての岐路-3
「もう八時ね」
少しびっくりしたように先生は呟いた。
「深町君は帰りなさい」
「先生は……まだ仕事?」
「うん、まあ」
教師というのはブラックな仕事だというけど、先生も多分に漏れずそうなのだ。最近は卒業と入学のシーズンともあって休日もろくに取れていない。
「先生が終わるまで待ってる」
「遅くなるわ。ご両親が心配する」
形式的な言葉に、なんだか今日は嫌になった。理由はなかったと思う。
「僕と一緒にいるのは嫌?」
「教師としては、困るわね」
そんな僕の浅い反抗心を見透かしたように、先生はにこりと微笑む。“教師”の笑みで。
(やっぱり、この笑い方は苦手だ)
なんでだろうか。最初の苦手意識を思い出した。どこか人形めいた、完璧すぎる笑み。生徒からは優しそうと評判だったけど、僕から見ると人間らしさがまるでない。
「…………」
「すねないで、いつもそうじゃない」
聞き分けのない子供をあやすような言い方は、余計に僕の中の反抗心に火をつける。
「いつもそうだから、嫌じゃないなんてことはないです」
滅多にない僕の反抗に、先生は目を細めた。
「……今日は珍しい日ね……」
先生の苦笑も、どこか演技じみている。ああ、だから苦手だったんだ。恋愛の時の先生の表情とはまるで違う、張り付けたような笑み。
先生の全部を描きたい。だから学校を辞めたくないというのは本当だ。
だからこそ、何かを隠すような能面のような微笑は好きじゃなかった。それも先生の一部とするには、僕は幼過ぎたんだ。
「何が望みなの? 深町君」
「望みっていうか……」
あくまでもあやすような口調に、若干鼻白む。
「本当の先生でいてほしいというか」
「…………」
「僕にだけは嘘をついてほしくないというか……」
「……」
「本当の先生を見たいというか……」
ダン!と背中を叩きつけられた。
「!?」
痛みはない。それより視界が勝手に天井を映していて、何が起こったのかわからなかった。
柔道の技の何かを使われたと気づいたのは、先生が僕にのしかかってきてからだ。
「せんっ!?」
せい、と続く前に、唇から舌が入ってきた。いつも僕を蕩けさせる先生の唇と舌。簡単に僕は身を委ねた。
「ぷはっ、先生、ここ、学校……!」
「――だから? 私の気持ちを聞いたのは深町君よ」
ペロリ、と舌なめずりをする。学校用のスーツに“女”の表情は初めて見て、そのギャップに意識がくらくらする。
「こんな時間にここを通る人間なんていやしないわ」
くすくすと笑う。笑みとともに欲情があふれ出てるのがわかった。
もう一か月近くしていなかった。僕も我慢の限界だったのだから、先生がそうじゃない理由なんてない。
「理性が引っかかってるのね? 誰かに見られたら困るわよね? だからスリルがあるの」
くん、と僕の首筋の匂いを嗅ぐ。それだけで達しそうなぐらい、先生の顔は蕩けていた。
「美術室は深町君の匂いがする……油絵の具の匂いかしら? だから余計、興奮するの」
私がどれだけ我慢してたかわかる?と先生は言った。
「す、すみません……!」
「ああ、また謝る……ダメなの、深町君が謝ってるのを聞くと……そんなことが出来なくなるぐらい狂わせたくなる」
また僕の首筋に顔を埋める。じゅ、と熱く何かが集まった。「うわあ……!」
「これが本当のキスマークよ……知らなかったでしょ?」
何とかシャツで隠せる範囲だけど、赤紫色に集まった血液は酷く淫靡だった。
「ほ、本気ですか?」
この期に及んで僕はまだそんなことを言っていた。だって、もし、人が来たら――危ないのは先生の方なのに。
「本気よ。その証拠に、ほら……」
先生は僕の指に唾液をたっぷりとまぶす。中指と薬指を中心に、舌の粘膜が熱くぬるりとぴちゃぴちゃ舐めあげる。自分のスカートをまくり上げ、ショーツの上から触らせた。
ショーツはもはやショーツの役目を果たしていなかった。
「ああん、あ、は、……わかるでしょ? 濡れてるのが……」
びちゃびちゃで、もう意味はなかった。ショーツ越しでも触られると感じるようで、前にした時よりもはるかに感度が上がっている。
「ねえ、指、中に挿入れて……」
一回イかせないことにはどうしようもなさそうだった。もう僕は指だけでも先生を絶頂させることが出来るようになっていたので、中指と薬指を同時に押し込む。
「はあん! は、は、は、は、!」
中の粘膜も完全に蕩けて吸い付くようだった。Gスポットをリズミカルに叩くように押すと、先生は大袈裟なほどによがる。
「あ、あああああん……!」
控えめな声だったが、それでもびくびくと収縮し、中が膨らんだのがわかった。
でも今の先生がこれで満足するとは思えるはずもなく。
僕自身も先生の興奮と同調して屹立していて、どうしようもなかった。
「ふふ、諦めがついた? ……なら最後までやりましょう?」