人形が人間だったころの話。-5
深町君との日々は十二も年上で純粋さを失くしていた自分にとって、いつも新鮮で、驚きの連続だった。画家としての彼の才能は確かにあるようで、視点が普通の人と違う。
それらすべてが愛おしくて輝いていて、美しくて宝物で、幸せそのものだった。
初夜のことははっきりと覚えている。こんなにも自分の中に快感が眠っていたなんて知らなかった。心と身体の相性が、この上なくよかったのだと思う。
初夜を経験して一週間後。土日を挟むこともあって、またうちに泊まれる。その日は部屋を片付けていた。
もうすぐ、彼が来る。恥ずかしい話、先週の初夜が刺激的すぎて、私は性に目覚めてしまっていた。大人の手前、余裕があるように振舞っていたけど、本当を言うとリードしてもらいたい気持ちは少しある。
だけどまあ、今は自分好みに染めたいという気持ちの方が大きいかもしれない。内気な彼がリードしている姿は想像つかないし、何よりも――彼の顔が悦楽に染まり切った時のことを考えると、子宮が疼く。
ピンポン、とインターホンが鳴った。確かめると深町君だった。
「入って」
私のマンションは初夜以前にも何度か入っているので、勝手は知っているはずなのだけれど、先週の出来事が緊張させているのかもしれない。非常にぎこちなかった。
「さあ、上がって。コーヒーでいい?」
「は、はい……」
深町君はそれしか言えなかった。
「うん、地味だって言うからせめて部屋着は頑張ってみたんだけど、どう?」
黒のシースルーのベビードールだけを私は身に着けていた。赤とか派手な色も考えたけど、結局黒に落ち着くあたり、私も冒険出来ない性格なんだと思う。
そして内心は恥ずかしいのに、一切そのそぶりを見せない自分の可愛げのなさに深町君はどう思っているのか、不安だった。
「素敵だと、思います……」
恥ずかしそうに俯いて、でもしっかり視線はこちらを向いている。こういうところは男の子なんだと可愛く思う――傷付くから言わないけど。
「そうね、何をする?」
可愛げはなくてもしっかりとベビードールの効果はあったようで、深町君はソレしか考えられなくなっているみたいだった。それぐらいは見て取れるけど、わかっていても言わせたかった。ペロリ、と無意識に唇を舐める。
「深町君、教えて。何がしたい?」
「え、あ、う……」
――可愛い。愛しい。もう今すぐキスをしてその唇を貪りたい。
凶暴なほどの感情に支配されそうになるところを、何とか押し留めた。余裕は常に持っておかないと、深町君は不安がる。
「決まらないなら、こっちが決めていい?」
いつもと同じ笑顔で、何でもないように微笑する。
「そうね、やっぱり最近成績下がってるし、数学のプリントしようか」
「え!? あ、はい……」
残念そうに、でも安心したように深町君は頷いた。何故安心するんだろう。
教師と生徒って言ったら、お決まりのシチュエーションがあるはずなのに。やっぱり、試してみたいと思う。
ローテーブルにプリントを置く。絨毯に座らせると、深町君は行儀よく正座をしてプリントに向かった。彼自身の地頭はいいから、きちんと教えれば飲み込みは早い。
でもきちんと教える気なんて、この状況ではさらさらない。
「深町君……」
ぴちゃ、と舌を深町君の耳たぶに這わせる。
「ひう!? 先生!?」
「ほら、プリントを解いて」
言いながらも舌の動きを止めない。当然、青少年は私の舌の動きに翻弄されて、まともにプリントなんて解けはしない。
耳の穴の中に、舌を突っ込む。ぴちゃ、ぴちゃと、わざと音を乗せる。
「あ、あ、あ、せ、ん、せい……!」
「ん……何?」
「と、解け、ません……」
ふっと耳に息を吹きかける。「ひゃう!?」と面白いほど大袈裟に身体を跳ねさせた。
「プリントが解けるまで、深町君の望むことはしないわよ」
くすくすと笑って、今度は意識的に舌なめずりを彼に見せる。彼がゾクゾクと震えるのを見て、私は大変満足する。
「欲しいんでしょ? なら頑張ることね」
また耳舐めに戻る。プリントの手は行ったり来たりを繰り返して、一向に進まない。
(さすがに酷かしら)
耳は美味しいけど、このまま焦らされるのも、私の中の“女”が暴れて濡れが増している。少し休みを入れることにした。
「どこがわからないの?」
「え、あ、その……」
「ここはね、この公式の応用問題なの。深町君の理解度ならすぐに解けるわ」
一個一個指さして、学校で教えるように教えていくと、深町君も落ち着いたようで、すらすらと解き始める――
「あう!」
「……どうしたの?」