THE UNARMED-15
サバーカの言葉を否定するかのように首を横に振る。
「俺が……あいつを傷付けたんだ」
「それがどうした」
「あいつを傷付けたのが俺で、その俺が傷付いたあいつを慰めろってのか? そんな馬鹿な話が……ッ!」
言い終わる前に、俺の頬に鈍い痛みが走った。
サバーカの平手が俺の頬を打ち付けたのだ。
それは奴にしてみれば軽いつもりだったのかもしれないが、レイチェルから受けた打撃の腫れが完全には治っていないため、その痛みは尋常ではない。
俺は思わず悶絶する。
「少しは冷静になって考えてみろよ」
奴の声は、穏やかだった。
顔には笑みさえ浮かべ、サバーカは言う。
「自分の言葉ひとつで好きな女の慰めになるかもしれないんだぞ?」
「………」
俺は頬を押さえながらサバーカを睨み付ける。
「好きな女じゃ、ない」
あくまで俺は言った。
それが嘘なのは、自分でも分かっている。
「意地を張るな、素直になれよ。俺はお前がレイチェル騎士長に惚れているなんて、前から知っているぞ」
「なッ、でたらめ言うな!」
食ってかかる俺に、奴は落ち着き払って言った。
「俺達はレイチェル・ギルガを戦士として騎士長として見ていた。あの人を端から女扱いしていたのは、お前だけじゃないのか? どうなんだ?」
「それで彼女を排除するか否かはさておき、だ」
サバーカの顔に、にたりとした笑みが浮かべられる。
「お前はレイチェル・ギルガを女として見ていたんだよ」
さあっと静かな風が吹き抜け、木の葉を舞い上がらせた。
くそったれ、全くタイミングの良いことだ。
サバーカと分かれた後、することもなく街の裏路地を歩いていると、向こうから歩いて来るレイチェルの姿が目に入った。
いつもの軽鎧の軽装ではなく、色を抑えたガルシア騎士団の礼装を纏っていたが、空に鉛色をした雲は既になく、夕日はその衣までも明るい橙に染めていた。
人通りはない。奴も俺に気付いたようだったが、顔を合わせる気はないらしい。
レイチェルが無言で俺の横を通り過ぎようとする。
しかしその肩がびくりと跳ねた。
――俺が奴の腕を掴んだからだった。
「……ッ」
レイチェルは相変わらず無言で、俺の手から逃れようとした。
しかし女が俺の膂力に敵う筈はない。
「離せ」
久しぶりに俺に言葉を放つ。声は冷たく静かであったが、その顔に以前のような余裕はなかった。
それは、この場から逃れたいと言う一心からか。
「俺の話を聞け」
レイチェルが唇を噛み、俺を睨め付ける。
早く言えとでも言わんばかりの視線が俺を突き刺す。
「……悪かった」
俺は言った。
「この前のこと――悪かった。謝る」
きまり悪そうに俺はレイチェルから視線を外す。
そして次に何と言葉をかけようか考えあぐねていると、レイチェルが先に口を開いた。
「私に」
そして放たれた言葉は、酷く俺の心を傷付けた。
「私に、触れるな」
その声は震えていた。
俺に腕を掴まれながら、奴は肩をも震わせていた。
しかし俺もまた愕然とその言葉を聞いて、声を震わせる。
「な……」
「いいから、私に触れるな!」
俺は思わずレイチェルの腕を解放する。
その瞬間奴は俺の側から離れて走り去ると思っていた。
思っていたのだが。
奴はその場にへたり込み、膝を抱えて蹲った。