液浸-10
わたしの服を脱がせてちょうだい……。その声は、とても淫らな命令のように聞こえた。皺
に刻まれた彼女の目元に彼は誘惑される。彼女の瞳の奥に溶けてしまいそうな、一点の冷酷
なきらめきが映り、白い髪の毛がしなやかに揺らめく。
彼は催眠術にかけられたようにゆっくりと立ち上がると、畏怖の感情をいだいてカヅエの洋
服を脱がせる。ブラウスのボタンを胸元からひとつずつ外していき、スカートのファスナー
を下げた。白い脚を包んだストッキングはまるで薄い皮のようにむかれていく。衣服は彼女
の細身の体から抜け落ちるように床に沈んだ。従順すぎる彼の指は迷うことなく彼女の体温
を含んだ紫色の下着に触れる。カヅエのスリップの肩紐がはずれ、床にするりと落ちた。
薄い肉の被膜で包まれたような痩せた体が蒼白い光を放ち、脆い肉肌を湛えていた。背後か
ら窓の月灯りが彼女を包み込むと、淡い光の中で生々しい輪郭だけが浮かびあがってくる。
カヅエの冷酷な薄い唇、鎖骨の浅い窪み、ゆるやかに垂れた乳房の薄い谷間、皮膚に翳りの
ある下腹、ゆるんだ腰の線、弾力を失った臀部……そのあらゆる部分が溶けはじめ、まるで
昏い像となって彼の官能の存在をくすぐり始める。その像は彼にとって支配的で、冷酷で、
刹那的にさえ見えた。
キスをして欲しいわ…あなたがあの子に与えたキスの意味以上の思いをもって。
そう言ったカヅエの唇が鮮やかな茜色を帯びながら迫ってくる。彼女の瞳が閉じられる。彼
は恐る恐る彼女の頬に指を触れる。彼の中にある茫漠としたものがひとつの像となって、息
苦しく咽喉を込み上げてくる。
そのとき彼は自分の背後で妻の深い溜息のようなものを聞いたような気がした。暗褐色の風
景の中に、色彩を失った彼と妻の記憶が、モノクロの無声映画のように流れていく。
カヅエの唇が凛冽な冷たさを孕んで近づいてくる。それは彼にとって愛に見えた。彼はカヅ
エに愛を強いられるほどに動悸が激しくなり、散大していく瞳孔のように欲情が開いていく。
そして彼とカヅエは、とても長い時間、互いの唇を烈しく貪りあった。
やがて彼の唇がカヅエの首筋を這い下がり、彼女の脆く萎んだ乳房を掌で包見込む。蕩けた
肉塊が指のあいだに流れ出し、彼の手を不可解な酔いに誘う。渇き切った葡萄の実のような
乳首が脆い乳肉の上でぷるぷると震えている。彼は咽喉から込み上げる息を吹きかけ、乳首
を唇に含み、愛おしく噛む。妻の乳首にもいだいたことのない甘い情感が口の中を充たして
いく。かさかさと渇いた乳首がいつのまにか潤い、舌の上で溶けると彼は夢中で吸い上げた。
カヅエの横顔の稜線はまるで官能の奥深い終焉を香らせるように淡い光になぞられている。
彼女は無言で彼のからだをベッドに押し倒した。そして、ゆっくりと彼の顔の上に跨るよう
に太腿を開いた。腿の付け根に潜む、色素を失った疎らな陰毛はゆらゆらと深海の底に生
えあがるようにひっそりと浮かび、幽寂な艶さえ溜めている。彼の顔面に騎乗したカヅエは
腰をひねりながら陰部の割れ目を彼の唇に押しつけてきた。ゆがんだ淫唇が彼の唇とねっと
りと擦り合う。枯れかかった芒(すすき)のような陰毛が彼の唇をふわりと撫でる。
わたしは、あなたがわたしに与えた接吻以上ものをあなたの唇に求めているのよ……初めて
あなたと交わったあの頃のわたしとあなたを取り戻すために。
カヅエは、自分に酔うような恍惚感に微かに息を切らせていた。しだいに彼女の瞳が潤み、
欲情にかられたように、不思議な体温が陰唇に脈打ち、ぬめった彼女の疼きが彼の中に漂っ
てくる。カヅエは固まりかけたミルクのような柔肌をした白い太腿で彼の顔面を挟み込み、
濡れ始めた股間と臀部を彼の顔に沈ませ、頬に強く淫唇を擦りつける。窒息させるくらいに
強く白い太腿で彼の頬を引き締め、からだをのけ反らせた。