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液浸
【SM 官能小説】

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液浸-1

「……液浸(えきしん)標本とは、標本生物体を薬液に浸して保存する方法である。液浸標本
は、内部まで保存されているため、内臓などの特徴も保存できるのも大きな利点である。薬液
としては、代表的なものにホルマリンとアルコールがある。また、これらに様々な工夫を加え
た薬液がそれぞれの分類群で提示されている。往々にして、固定液と保存液は別である。つま
り、まず標本を、固定液を用いて固定し、その後は保存液中に置く訳である。例えばホルマリ
ンで固定し、アルコールで保存する、といったやり方をする……」(ウィキペディアより)


薄蒼い未明の靄のように拡がっている霊的ともいえる水の中に、深く息をする光の紋様が蠢い
ていた。そこはまどろむ野辺だったのか、深海の底だったのか、薔薇色の真珠の中だったのか、
液体の中に光の紋様を描いていたのは、水の中に無数に浮かぶ微粒子のような気泡……。


《彼は》……、彼は、いったいどこからその光を見ていたのだろうか……。

万華鏡にように色あいを変えていく気泡の漂いに吸い込まれ、身をくねらす彼は、液体に融か
し込まれていくような眩暈に襲われる。彼を浸らせた液体は、まるで世界の果てに彼を惹きた
てていくように息の根を止め、祈りのない透明の死化粧をほどこしていく。身体はうねり、
しなり、輪郭はしだいにぼやけ、やがてそれは生きた化石となって収縮していく……。



カヅエは、いつから彼にとって特別な女性となったのか……。七十歳になったカヅエが、三年
前に離婚した妻の母親であることを、彼はけっして忘れたわけではない、ましてや彼女でさえ
彼が自分の娘の夫であったという事実も。

艶やかな白髪をしたカヅエは、整った瓜実顔に細く尖った眼と剥がれ落ちるような渇いた唇を
もち、背筋がすっと直立した細身の身体からは優雅な細い四肢がしなやかに伸び、とても七十
歳の年齢の女性とは思えないような肌は、女欲の記憶をいまだに秘めたようなミルク色の甘い
匂いを漂わせていた。
そして、薄い油脂の被膜に覆われたような肢体に、どこか怨念を漂わせる白髪の一本一本に、
蛇のような首筋の線に、虚ろに沈んだ胸の谷間に、鶏の痩せた手足のような指先に、唇で啜っ
てみたくなるような妖しい官能を湛えていた。


傾きかけた夏の淡い夕陽がカヅエの横顔を柔らかく染めている。彼女は胸元が大きく開いた藍
色のガウンだけを纏い、墨を澱ませたような目に淫蕩な光を湛え、鬱蒼とした林に囲まれた別
荘のテラスでロッキングチェアに優雅に身体をなごませていた。

今年、四十五歳になった彼は、カヅエの背後に立ち、微かに乱れた白髪を櫛で撫でつける。そ
して、まるで恋人のように彼女の首筋に接吻し、耳朶に息を吹きかける。瑞々しい樹木のあい
だから零れた一筋の光がカヅエの目元の皺を浮き立たせていた。

カヅエは、かつてパリの医科学研究所に勤める医者だった。久しぶりにフランスから帰国した
彼女は、夏のあいだ別荘でいっしょに過ごしたいことを彼に伝えてきた。彼女の資金の提供で
立上げた小さなベンチャー企業を経営していた彼は、カヅエを拒むことはできなかった。なぜ
なら彼はすでに彼女に《隷属》している立場だったのだから。


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