羞恥の狭間で…-1
「いくら烏が不吉だからって……思い通りになんてなってやらないんだから……っ!」
(そう……私に失うものなんて何もない……)
一瞬通り過ぎた暗い過去を振り払うようにまりあは勢いよく駆け出した。
「人の家で何やってんのよっっっ!! あっちに行きなさい!」
すると――
瞬く間にまりあの姿をその瞳に焼き付けた烏たちが今までにないくらいけたたましい声で鳴き始めた。
「ギャーーーー!! ギャーーーーッッッ!!! ギャァアアアアアッッッ!!!!!」
「ちょっと……」
さすがのまりあも思わず尻込みする。それもそのはず、この街全体を覆ってしまうほどの烏の群れが上空を覆い尽くしていたからだ。
まるで地鳴りがするほどに烏の大合唱が始まり、耳を抑えるまりあ。
「う、うるさ……っ……」
「……っなにやってる! くまブラッッ!!」
「……、は? ……くまブラってな……に……ムグッ!!」
口を塞がれたまりあの体は勢いよく何者か腕に抱かれ、高速で移動していく。
『んんーーっ!!』
風圧に耐えながらようやく目を開いたまりあが見たものは……
(……変態焔っ!?)
(くまブラって……あーー……っ!!!)
忌々しい保健室でのやり取りを思い出し、まりあの顔が羞恥に赤く染まっていく。
『下ろしてよ!! どこ触ってんのよぉおおおっっ!!』
「……っ……」
焔の腕の中でジタバタと暴れるまりあに深い皺を眉間へと刻む焔。
あまりにも暴れるまりあを焔がようやく解放したのは学園にほど近い公園の一角だった。
「……っあんた人の名前も言えないわけ!? くまブラとか人を恥ずかしい名前で呼ばないでよ!!」
「恥ずかしい下着を身に着けているお前が悪い。それに人の名を呼べないというのであればそれはお前も同じじゃないのか? 俺の名前は"あんた"か?」
「……っ!」
「……ほ、焔さ……さ……っ……」
「聞こえない」
「……っ!! 焔さんっっ!! これでいいでしょ!?」
「あぁ、だが……俺がお前をまりあと呼ぶとは約束してないぞ」
「はぁっ!? 最初は白羽まりあって呼んでたくせに……っ!」
「ん? 名前で呼んでほしいのか?」
焔はそう妖しく瞳を光らせる。
「白羽まりあ……もう一度そう呼んでほしければ大人の女になって俺を魅了してみろ」
焔の綺麗な指がまりあの下唇をゆっくりなぞる。あまりにも官能的な仕草にまりあの背は震え、焔の強い瞳に不本意ながらも引き寄せられていく。
「ふっ……一人前に女の顔も出来るじゃないか」
焔の色気にあてられたまりあの瞳は潤み、触れられた唇に熱が集まる。
「……っ……!!」
(くっ……悔しい!! こんなやつにときめくなんてっっ!!)
「……いい加減こんな場所で遊んでいられないな。お子様にとっちゃ公園は楽園かもしれないがな?」
触れていた指を離した焔はまたもまりあを子供扱いし始め、からかいの色を濃くする。
「変態プレイが好きそうなあんたにピッタリな場所じゃない! 麗先生とは大違いねっ!!」
赤くなった頬を隠すようにズカズカと歩き始めたまりあを背後で笑う焔の声がその体を包む。
「ははっ」
己の言葉で赤くもなり青くもなるまりあを見ているのが楽しくて仕方がないといった様子の焔は遠くに渦巻く烏の大群を見つめ呟く。
「……今のまりあは誰のものでもない……」
「お前がぐずぐずしているなら俺が行かせてもらうぞ。麗」
視線を戻したその先には早くしろとばかりにこちらを睨むまりあの姿があった――。