まりあの天誅-1
「え゙……」
美しい青年につられて手を差し出したまりあだが、"守護する一人"と聞いておかしな声が出てしまった。
(焔さんみたいな人がまた増えるの……?)
脳裏で意地悪く笑う焔の憎たらしい顔が浮かび、まりあの胸には再び怒りが込み上げてくる。
「どうかした?」
急に態度が変わってしまったまりあを不思議そうに見つめた青年も大学生なのだろうか? その服装は制服とは言えず、案外ラフな格好だった。
「守護とか忘れてるとか、餓鬼臭い下着とか……ほんっと迷惑なんです! あなたもあの人と同じなら……っ……」
(あれ……? 私が嫌がってるのって焔さんのことだけ?)
なぜか麗の存在を否定できずにいる自分に少なからず驚く。
「……あの人とって……」
「彼らとはもう会ったんだね……」
「? さっきまで一緒で……」
「そっか」
綺麗なブルーの瞳の温度が急速に冷えていく。一瞬ゾクリとするような感覚がまりあを襲い――
(なに? この感覚……)
「あ、ごめんね? 俺に内緒にしてるのが気に食わなくてさ。君を怖がらせるつもりはなかったんだ」
先程までの冷たさがまるで春の日差しに溶け込むように、柔らかな微笑みへと変わる。
「ううん、私こそごめんね」
(友達を非難されていい気がするわけないよね……)
「あなたのお友達、個性的だけど……悪い人じゃないと思う。ただちょっとデリカシーがないだけで……」
(あ、私また焔さんのことばかり……)
「デリカシーがないって……こういうことされた?」
「……っ……!」
いきなり後頭部を抑えられ、腰へと手を回されたまりあの唇に重なったのは――
(……? 私なにしてるの?)
「……俺を覚えてるだろ? まりあ」
唇を離した煉は熱い吐息を吐き出し、その瞳が切なく揺れる。
「え……な、んの……はな……」
最後の言葉を紡ぐ前に再び神崎煉の唇がまりあのそれと深く合わさる。
「……っ!?」
(ちょっと……っこれって……っ……!!)
煉の舌が堅く閉ざされたまりあの唇を割ってさらに奥へと侵入してこようとしたのだ。
ぬるりとした生暖かい感触にぎゅっと瞳を閉じたまりあは力の限り煉の胸元を押しのけるが、ビクリともしない。
「……んっ!」
それから抵抗を繰り返したまりあが思いきり顔を背けたせいで、煉の唇がようやく離れる。
「……や、やだっ!! 何すんのよこの悪魔!!」
「……悪魔?」
「人の嫌がることをするなんて悪魔よ!! ばっかじゃないのっ!? 今度やったら先生に言いつけるから!!!」
「はっ……」
いきなり腹を抱えて笑いはじめた煉に言いようのない怒りが込み上げてくる。
(人のファーストキス奪っておいて……っっっ!!!)
「悪魔が人間の教師に説教されるって? なんだそれ!! 前から変わった女だと思ってたが……やっぱりおもしろ……」
笑い涙を浮かべた青年がまりあの顔を見上げると……
「あんたを黙らせる方法はこれが一番ね! 天誅よ! 食らいなさいっっっ!!!」
まりあは焔から取り上げた重量級の旅行バッグを高々と掲げ――
「おいっ! やめ……っ……」
まるで斧を振り落すように神崎煉の脳天へバッグを叩きつけた――。