二条栞理さん-3
部活が終わって帰り道、江戸川土手で栞理ちゃんから注意を受けた。
「今日子先輩は確かに強いけど、決して品行方正な人ではありません、今日みたいな悪いことをまねしては駄目だよ順ちゃん」
「まねはしないわ、だけど面白い人だなって」
「順ちゃんのこと心配しているんですわ、今日子にはあんまり近づかないでって、それに来週の修学旅行一緒に行動するんですから、そのこと考えていらっしゃるのですか?」
どうして今日子先輩のことを遠ざけるようなこと言うんだろう、マネとかするつもりもないし、それでもなぎなたの師範でもあるしね、それにしても就学旅行かー、ママったら学校と同じホテル泊まるつもりでいるし、変なワル目立ちするような服着てこないかしらって、乳首ピアス隠すのどうしようかな?
そんなことを考えていたら、
「順ちゃん、忘れないでくださいね、明日は中島武道具店に一緒に行く日なんですよ」
「あ、そうだった、ありがとう栞理さん、忘れるところだった」
武道具って特殊で、自分用に誂えなきゃいけないもの、八方振りといわれる素振り稽古だけじゃなくて、防具稽古も始めるために、決して安くない道具一式、母子家庭の順子にはちょっとつらいな、ママは心配しないようにって言ってくれるけど、そういうのが重いんだよなあ、でもママが始めるように要求して、そのための学校を選択してきたんだし、これでいいのかなって。
中島武道具店は船堀駅そばにあり、順子と栞理の普段使う駅とはアクセスが悪いの、だからバスを利用するんだけど、やっぱり順子はこういう人ごみが苦手で、男の人ばかりに囲まれたりすると震えてきて、呼吸が速くなってしまい、過呼吸を起こしてしまうこともあるの、だけどその日は栞理ちゃんが手を握ってあたしを窓際に、そしてその隣に栞理ちゃんがぴったりくっついてくれて、とてもとても安心できた、何も話してないのにどうしてこの娘はよくわかってくれるのか不思議だったけど、
「大丈夫ですわ……大丈夫ですから」
「う、うん」
何か友達以上のものを感じはじめていた、でもこんな汚れた順子がこんな優しくされていいのだろうか、あたしにそんな価値なんてない、もっと栞理ちゃんの期待にこたえられるようになったら親しくして欲しい、駄目じゃなくなった時が来るまで、もっと完璧になるまで、そうならないと順子に価値なんてないんだよ栞理ちゃん、君は知らないんだ、順子がどんな人間なんかを、どんなに不潔で罪深い人間なのかを知らないんだ、知ったらきっと軽蔑するんだ……そうなりたくないからあたしは隠してしまいたい、こんなあたしを優しくするの、嬉しいけど怖いんだ、君を失うことが。
武道具店で一通り身長や胸囲、座高などを計り、籠手もいくつか試着する、順子が試着して具合の良いものは栞理ちゃんにもぴったり見たい。
「順子さんって、栞理と身長も体格とかも、ほとんど同じなんですわね、そうかもしれないっては思っていましたけど」
「いわれてみればそーかも、籠手なんかぴったりだもん」
ちょっとうれしいかも、師範である栞理先生からそんなこと言われると、なにか順子まで上手くなれそうって思えてくるから。
「ねえ、順子さんがお嫌でなければ……わたくし栞理のお古を試着してみません?」
「え、そ、そんな突然、悪いよ栞理ちゃん」
「いえ遠慮などなさらずに、これはせめてわたくしの愛の、げふん、がふん!」
「え、大丈夫栞理ちゃん、咳き込んじゃって」
「だ、大丈夫ですとも、私の親愛の証として思ってください、それに試着されて気に入らなければ放棄してくれればいいだけです、とりあえず私の家に来てみてはいかがでしょう、ご歓迎しますわ」
今すぐに決めようとまでは思ってなかったし、高価なものでもあるし、ある程度の目星もつけたことでもあるしで、遊びに行くつもりで栞理のお家に行ってみたくなったの。
栞理ちゃんの御うちは住宅街の中にあって、旧農家の家をリフォームし直したものを買い取ったおうちなの、ずいぶん大きなお家で、洋館を思わせる大正レトロの素敵な風情がある、その洋館とつながる母屋のおうちは平屋作りの立派な旧農家なんだけど、お風呂だけは現代的なつくりになっているんだって、「他のところは実は結構隙間風が入ってくるの、恥ずかしいのですけど」って、いやいやすんごい立派なお屋敷だよこれって!