江戸蔵高校なぎなた部-3
面手ぬぐいを被り、双方面をつけ、獲物を手に対手と向かい合う。隈本さんは蹲踞、鈴木さんは折敷、剣道対なぎなたの真剣勝負が始まろうとしていた。
ざわざわしていた道場内が水を打ったみたいに静まり返り、二人の殺気が絡み合っているよう。
「両者前へ、正面に礼!、お互いに礼!、初め」
タッーーーーーンッ!!
合図が早いか、床を蹴るのが早いか、いったいどっちだったろう。
「あっ」
順子の横で驚きの声を上げる栞理ちゃんだった。
ゴリッ! メキッ!
両剣士の突きがのどもとを突いたのはほとんど同時だった。
「柄突き……に対して、剣道の突き技ですわなぎなたでは柄突きは基本禁止技ですし、高校生に対して剣道では突き技も同時に禁止技です、あのお二人本気で殺りに行っていますわ」
解説してくれる栞理ちゃんだ、でもこの二人のガチンコ勝負に、あたしは目を奪われてしまっていた。
「や、止め!」
両者開始早々にして、危険な禁止技を放つものだから審判役が止めに入る。
「ぐはぁっ! いい突きじゃん……大丈夫だから、お互い様だしよ、オレは被害届はださねえから、このまま続行させてくれ」
「きょ、今日子、あなた……」
「……」
無言のまま開始線に戻る隈本さんが急に膝から崩れ落ち、竹刀でどうにか倒れこむのを堪えた。
「く、隈本さん!」声をかける審判だった。
「だ、大丈夫です、失礼なことを、し、しまして」
どうみても足に来ていた、もしかしたら鈴木さんにも足に来ているのかもしれなかった。
それでも闘志をほとばしらせる二人だ。
勝負というのはここまで駆り立てるものなんだと、瞬きする時間すらもったいないくらいその試合にひきつけられていく順子だ。
「ふふふ、今日子さんはともかく……警察官ともあろう方までも開始早々反則技を出してくるなんてね、怖いですわ、ふふふ」
あたしも怖い、今の二人の必殺の一撃同士の攻め気に当てられてしまった。もし防具が無かったとしたら、どちらかが本当に死ぬこと、すらあり得た、血さえしぶいて見えるほどの攻防なんだから。いえ、道場にポツッぽつっと鮮血のようなものが見える……今日子さんの首元に少しだけ血がついている、幾人かは気がついているのに、誰も彼も沈黙している。痛くないのだろうかな、集中していると感覚がひとつのことに研ぎ澄まされ、痛みを感じないのかな。
「……スゴイ」
「いえ、今日子のような三白眼の男勝りのガサツ女が強いんじゃなくって、なぎなたが凄いのです!」
若干ひどい言い方のような気がする、あれそういえばこの子、いつの間にかあたしの腕に腕からめてきてる? 変な子だなって。
再び二人の剣士は開始線に立ち、切っ先を交差させる。
「切り結んだもの同士は、お互いの力量がある程度わかるものですの、さきの命の殺りあいから、次からは駆け引きに移ると思いますわ」
こんな世界があったんだ、剣道高段者の男性対手に女子高生が対等、いえもしかしたら優位に持ち込めることができるなんて。
ちょっとでも今日子先輩を「負けろ」なんていった自分を恥じた。