梨花-32
「あのな、お前俺のことがまだ良く分かってないな。俺はお前の意思を無視して何か強制したことがあるか?」
「無理矢理っていうのは無いわね」
「そうだろ。縛るって言ったって厭がるお前を押さえつけて縛ったりする訳じゃないだろ。普通のセックスだってお前の気が進まない時に無理矢理やったことなんてあるか?」
「うん、無い」
「俺の好みの服装だってこれを着なくちゃ別れるとかそんなこと言ったこと無いだろ?」
「うん、分かってる。オサムは私をその気にさせるのがうまいから」
「そういう話をしてんじゃ無い。俺は相手がお前であれ誰であれ、人間であれ動物であれ、大人であれ子供であれ、どんなことに関してでも相手が厭がることはしない主義なんだ。なんでだか分かるか?」
「なんで?」
「俺が厭がることを人から強制されたくないからだ。な? 自分がやって欲しくないことは人にもやらないというのが当たり前だろ」
「なるほど。偉いのね、オサムって」
「偉くない。当たり前のことだ、それが。だけどその当たり前のことが出来ない奴が多いことも確かなんだよな。大体人に厳しい奴に限って自分には甘いっていう奴が多い。人に寛大な人間は逆に自分に厳しい人が多いもんなんだ」
「オサムは自分に厳しいものね」
「いや、とてもそこまでは行ってない。行ってないけどそういう風にならなければいけないとは思っている」
「どうして?」
「どうしてって、俺がそういう人間であった方がお前も嬉しいだろ」
「ううん。私は今のままのオサムでいいの。こんなに素敵ないい男は他にいないって思ってるから」
「お前も口がうまくなったな」
「本当だもん。本当にそう思ってるの。口がうまいなんて言わないで」
「分かった分かった」
ジュンの話は更に続く。
「ねぇ、私友達からSMクラブで働かないかって誘われたことあるんだ」
「SMクラブ? 何すんの?」
「女王様だからそれらしい格好してムチ振ったりロウソク垂らしたりしてればいいんだって。それでお客が来ない時も最低日給が1万円で、来ると1人5000円、セックスは一切無しっていうの」
「あんまり高く無いんだね」
「うん。だけどノルマは一切無くて客が来なくても1万円でしょ。しかも夕方の7時から12時までなの。私同伴とか売り上げとかノルマが厭だから今の店に入ったんだけど、やっぱり自分のお客が少ないといい顔されないのよね。その上やれ七夕祭りだクリスマスだって言ってパーティ券割り当てられるでしょ? 桜祭りにハッピーニューイヤー、ゴールデン・ウィーク大会、一ヶ月置きにそんなのがある感じよ。その他にボーリング大会なんていうと一緒に参加してくれるお客さん探さないといけないし、ノルマ無しなんて嘘じゃないって感じだわ。よっぽどその女王様ってのやろうかと思った」
「どうしてやめたの?」
「うん。まだやめた訳じゃ無いけど踏ん切りが着かなくて。やっぱりSMクラブに勤めてますなんて人に言えないじゃない。そんな仕事するの気が重いもん」
「そうねー。人には言えないよね」
「うん。オサムさんはそういうの興味あります?」
「SMですか? 興味は有りますよ」
「SMクラブ通いが趣味だったりして」
「いえ、そういう所には行ったこと有りません」
「勿論冗談よ」
「でも、例えば梨花がそういう所で働いていたらどう思います?」
「違法な職業でなければいいと思いますよ」
「SMクラブでも?」
「そう例え売春クラブでも、法律が変わってそれが違法でないというんなら」
「そういう所で奥さんが働いていて別に気にしないんですか?」
「うーん、それは別問題。今のは一般論として職業に貴賤は無いっていうそういう意味です」
「やっぱり自分の奥さんがそういうことをしていたら厭でしょう?」
「いや別問題なんだけど、厭かどうかはちょっと難しい。考えたことも無いから」
「厭に決まってるじゃない」
「そうよね。私だって彼氏が例えばホストだったりしたら厭だもん」