梨花-18
「あんまり気取るからだ。俺なんかこいつひょっとすると、どっかいい所の出なんじゃないかって騙されそうになったりしたからな」
「いい所の出じゃなくて悪かったわね」
「いや、その野良猫のような野性がいいんだ」
「まあ失礼しちゃう。野良猫ですって」
「まあまあ。もう気取った喋り方しなくていいんだぜ」
「ふん。でもいい人達だったじゃない。オサムが嫌ってるから余程変な人達なんじゃないかって思ってたけど」
「別に嫌ってないって言っただろ」
「いいえ、嫌ってるわ。それくらい私にも分かる」
「それはそうと、お前一度もトイレに行かなかったじゃないか。我慢してたのか?」
「別にそうじゃないけど、質問責めで食べたり飲んだりする暇が無かったのよ」
「だから別に面白いことは何もないぞって初めから言ったじゃないか」
「ううん、面白かったわ。疲れたけど凄く面白かった。やっぱり家族付き合いっていいものね」
「どこが? どこがいいんだ、あれの?」
「だって水商売の女だからっていう見下した雰囲気の人誰もいなかったじゃない」
「そんなの当たり前だろ、水商売の何処が悪い」
「別にそうじゃ無いけどそういう雰囲気で接してくる人もいるのよ、中には」
「そんなのはこっちから相手にしなきゃいい」
「それはそうだけど、オサムの家族にそういう人がいなかったのが嬉しいの」
「分からんぞ、それは。本人目の前にして馬鹿にしてますって態度を出す奴はいないからな」
「いるわよー、いっぱいいるわ。チクチク言ったりあからさまに言ったり、そんなのいくらでもいるわよ。ホステスやらなきゃこればっかりは分からないのね」
「そうか、お前も苦労してんだな」
オサムはその後言葉数が少なくなり、家に着くと
「あのな。お前な、仕事辞めたかったら辞めてもいいぞ」
「えっ? どうして?」
「お前が仕事やめたって食うに困らないくらい俺は稼いでるだろ?」
「そんなの分かってる。でもどうして? 仕事辞めて欲しいの?」
「そうじゃない。ホステスやってるといろいろ厭なことが多いだろ。辞めればそういうことも無くなるじゃないか」
「厭だな。私そんな弱音吐いたんじゃないのよ。そういうこともあるっていう話をしただけ。でもオサム、有り難う。本当に優しいのね、オサムって」
「俺はハードボイルドだから強くて優しいんだ」
「またすぐ調子に乗る。でもオサムのこと好きよ。初めから好きだったけどどんどん好きになっていく。怖いくらい」
「俺は女殺しだから」
「また調子に乗る。でもあの錦糸町のお兄さん如何にも口べたで面白い人ね。今でもお姉さん以外の女の人と口を利くのが苦手なんですって」
「そうか? 結構お前と喋ってたじゃないか」
「だからそれはお姉さんがいたからよ。私、ほら、料亭の前で分かれる時中野のお姉さんとちょっと話してたでしょ。あの時聞いたの。奥さんが一緒にいないと女の人と口を利けなくなるんですって」
「そうか? まあ姉さんと話したことも無いのにいきなり結婚してくれって使者をよこしたような人だからな」
「よっぽどお姉さんに一目惚れしたのね」
「どうだろ。これくらいブスなら俺とでも結婚してくれんじゃないかって思ったんじゃないのかな」
「酷いこと言うのね、自分のお姉さんじゃないの」
「自分の姉だろうと妹だろうとブスはブスだ」
「いやだ、お姉さんブスじゃないわ。美人じゃないけど魅力あるわよ。あんなに気取りの無い人って珍しいと思うくらい気さくで本当にいい人だと思った」
「つまり外見は悪いが中身は捨てたもんでも無いっていうことか」
「そんなこと言ってない。だってダイエットは一生懸命やってるらしいけどメークアップは全然何もしてないじゃない。それで美人に見えたら大変よ」
「ブスは化粧すると余計ブスになるからな」
「また、そんなこと言うんじゃないの。ますます好きになったっていうの取り消し」
「一旦言ったことを勝手に取り消すな。口から出たら言葉は口の中に戻ってくれないんだ」
「そんなことないわ。ホラッ」
と言って梨花は歩きながら空中を手のひらですくって口の中に何か入れる仕草をした。
「お前は子供だな、まるで」
「悪かったわね。子供のおっぱい吸ってバブバブ言ってるのは誰なの?」
「俺がバブバブ言ってるか?」
「言ってる。私のおっぱい吸ってる時のオサムなんて、まるきり赤ちゃんの顔になっちゃってるもん」
「・・・・」
「私、縛られてたって自由を奪われたなんて気がしないもん。お母さんが赤ちゃんにおっぱい与えているみたいなそんな感じでいるのよ。良し良しいい子だね、いっぱい吸いなさいってそんな感じよ」
「あー、下の兄貴がな。仕事の接待にお前の店を使ってもいいかって聞いてたぞ」
「また、すぐ話を逸らす」
「いや本当の話。『キャッシュで払うんなら構わないんじゃないか』って言ったら、『キャッシュっていう訳には行かないよ』と言ってたから『あいつに聞いとくよ』って答えておいた」
「構わないわよ。私の赤ちゃん稼ぎがあるから、そのお兄さんなら全然構わない」
「どういう意味だ。払わなかったら俺が立て替えるということか?」
「そう」
「それじゃ兄貴にそう言っておくぞ」
「そんな失礼な事言わないで」
「何が? ああ、俺が立て替えると言う話はしないさ。ツケでもいいと言ってたって言うだけ」
「ママの許可が出たよって言うの?」
「ママ?」
「だからおっぱい吸いながら話したんだって言うの?」
「図に乗るな」