この向こうの君へB-4
「騙そうとかそんなんじゃなかったんです。ただ、嫌われたくなくて…」
顔が上げられない。怖くてすずさんの目が見られない。ダンボールに正座して拳を握り締め頭を垂れるこの姿の情けなさ。そりゃ椿さんも泣きたくなるよ…
「嘘ついたのはあたしの思い込みのせいだって101のお姉さんに言われた」
「椿さんに?」
「だから謝れって。あたしもそう思う、ごめんなさい。あと、ぶったとこ大丈夫?」
「大丈夫です、あの、見た目以上に頑丈なんで」
それでも頭を上げない僕の下向きの視線の先にすずさんの足が来て、次の瞬間目の前にはすずさんの顔があった。あまりの近さに息が止まりそうになる。
「耕平君さぁ、」
「…はい」
「やっぱ可愛いよ」
「はっ!?」
「そりゃ顔だけ見ちゃうと怖いけど、律儀で優しくて珈琲牛乳ばっか飲んでるの知ってるからさ」
すずさんは笑っていた。僕はこの人が笑う顔を初めて見た。想像よりずっと可愛い。
「あたしずっとひどい事言ってて、その上壁は壊すわ椅子はぶつけるわで…、もう話してもらえないと思ってた」
「僕もっ、絶対嫌われると思ってました。こんな顔でこんな性格だし、すずさん、がっかりするだろうなって…っ!?」
僕の握り拳にすずさんはそっと手を乗せた。白くて柔らかいその手のひらは僕の拳よりも小さいくらい。
「これからも話してくれる?」
「はいっ!あの、僕で良かったら」
「あたし、耕平君を性格から知れて良かった」
「え?」
「耕平君ともっと仲良くなりたい」
僕はあの後何て返事をしたのか覚えてない。
僕達の間にあった壁は無くなって、代わりに小さなテーブルと椅子を置いた。
その上には手作りのガムシロップと2人分の珈琲牛乳。それを挟んで向かい合わせに座って会話をするのが今の僕達の日課。
カッコ良く気持ちを伝えたりすずさんを喜ばせるような言葉なんて何一つ浮かばない僕だけど、今夜も向かいにすずさんは座ってくれる。
お互いを見て笑顔になる。
きっと僕は人一倍単純で、コンプレックスなんてこんなものなんだ。
君が僕の顔を好きだと言ってくれたその瞬間、僕の悩みは喜びに変わってしまったのだから。