ママのしつけ3-3
朝食でママが前日から作ってくれているものを流し込み、一通りの教科書、提出プリントなどか確かめ、お箸とスプーンとフォークのセットもランドセルに入っていることを確かめ、返却しなきゃいけない『アンネフランクの日記』をテーブルにおいて、ぼーっとしていると、ママが起きてきた、大体ママはあたしを見送る時間になると、大抵不機嫌そうに顔を腫らしてパジャマ姿のままだ。
「おはようございます、ママ」
「順子おはよう」
普段だったら、「学校いってきます」といって、集団登校の列に急ぐのだけど、
「あの、まま、コレ……」
ぼろぼろにされた図書資料を震える手で、機嫌の悪そうなママの前に出したの。
ママを下から覗くようにしてみていると、じっと本を見つめ、
「……」
黙ったまま、しらーっと顔を横に向けたまま、何もしゃべらなくなって、だんまりを決め込み、二、三分。あたしも集団登校に遅れるわけにもいかないし、
「い、いってきます」
そういって本をランドセルにつめ、罪悪感に苛まれて、学校に向かいました。
子供の浅知恵で「汚してしまいました」くらいしか思いつかず、どきどきしながら、お昼休みにお友達の目から隠れるように図書室へと走る、存在感を出来るだけ消し、ご本を誰にも見られないようにって。
だけど本の状態が尋常じゃないから、すぐにおかしいと思われたんだろう、司書の先生が呼ばれ、そこから担任の先生も呼び出され、ひそひそ話しをし、時々順子のほうを見るのだ。
「葛西さん……これ、あなたがしたことじゃないでしょ?」
「えっ」
ママから毎日、順子は駄目なんだからといわれ続けたあたしは、きっとあたしが悪いんだと思うし、ママのせいにしたくなかった。
「正直に話してごらん、怒らないから」
「えっ、だから……あたしのせいです」
どうにかしてママのことは話したくない、どうしてなのかわかんないけど。
「誰かかばっているでしょ、葛西さん」
「保護者に連絡したほうがいいですね、ここまで明確な悪意を感じるのはただ事じゃあありません」
きゅう〜〜んと心臓がちぢむような気がしてきて、どうしてもママに連絡だけはして欲しくなかった、でもあたしにはどうしていいかわからないから、
「ママには連絡しないで下さい、順子がやったんです、順子は悪い子なんです」
なんとか謝って許してもらうしかないって、鼻声になって、いつの間にか泪が滲んできて、悲しくなってきてしまう。予想はしてたけど、すっごく嫌なほうに行きそう。
子供がいくら謝っても、大人たちは納得しないで、保護者のママのところに連絡を入れてしまっていたわ。
ママの怒ったときはもうすんごくて、遠巻きで聞いていたあたしにもよく聞こえた、受話器がビリビリ震えてくるくらいすんごい音量!
「大体今の小学校にこんな赤裸々に性的な内容の日記を置いておくのは明らかに不自然です! まして母親の陰口を延々書き綴った罵詈雑言の罵倒劇を子供の目に触れさせるなど言語道断ですわ! おまけにこの本はプロパガンダにも使われ、極めて政治色の強い本で、とてもとても小学生に触れさせるべき本ではありません!」…………
30分程のやり取りだったと思う、ついに先生もママに完敗し、疲れきった顔して居られたっけ、ああいう家に帰るの憂鬱だし、先生たち可哀想な気になる。ママは自分が正しいと信じたらどこまでも一直線だ、手段は順子の想像するよりスゴイ方法を選ぶし自分が正しいと信じて疑わない、それであたしはいつもハラハラさせられて、それはすべてあたしの為にしているとって、だから順子が全て悪いことになるしそうなんだろうけど。
ママのことを先生とかに知られるのって、とても嫌で恥ずかしいとか思うの、でそんなこと思う自分に咎を感じるみたいで、なんだか背が縮んで来るような、圧迫感があって、もやもやして、醜い感情がどんどん湧き起こってくるような嫌な日々。
でもお家に帰ってからはママはとっても上機嫌で、とびっきり優しく、順子のことを抱きしめてくれた、小4にもなってちょっとうざいけど、それでも嬉しくて、ママの匂いがやっぱり大好きだった。
「先生にはしっかり言っておいたからね、可愛い順子ちゃんの為なんだから、ママなんでもしてあげる、だからもうああいうごほんはママにいってから読んでね? ママ理解ある人なんだから、怒ってなんかいないからね、順ちゃんはまだ子供だからよくわからなくて当然よ、ママのいうこと聞いていればいいの、わかった? 順子ちゃんの為だからね、あなたの為なのよ」
「……うん」
不思議な感じがするの、さっきまで大好きだったママなのに、その感じが急に消えて、納得すれば良いんだって、そのことだけが残るわ、なにかがぱっとなくなって何か違うものになったのに気がつけない不思議さみたいなものなんです。
コレが転機だったのかなーって、知らないよ! あたしがそう思っているだけで、でもたぶんそうだと思うんだけど、どうなんだろって。