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よだかの星に微笑みを(第一部)
【SF 官能小説】

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夜景最高-1

伊月はその晩、完全に酔い潰れた。それも、終電の中でである。渡部は帰り、こいつはまた泊まることになったのだ。
途中、一つ乗り換えがあるのだが、そこのホームに引っ張り出すのが精一杯だった。死体は重いと聞いた事がある。ようやくそれが分かった。気絶して全身の力が抜けたら、引きずるのも大変だ。加えて俺も酔っている。
五月だから、寒いことはない。しかし、一晩こいつと道端で過ごすのはどうしても嫌だった。タクシーか。金が足りないだろう。それよりも、まず、改札を出なければならない。長い階段があった。
さすがに俺は腹が立ってきた。この間にも、ポリアンナの「着信」が触角に何度か来ているのだ。こいつの世話を焼かなければならないせいで、今晩の楽しみが無くなる。
「てめえ、いい加減にしろよ!」
その瞬間、俺の体中が熱くなるのを感じた。
完全に変身してしまった。Tシャツとジーンズだった俺は、中途半端に破れた服を着けた怪人になっていた。
「大丈夫ですか。どうしました?!」
聞きつけた駅員が走ってきた。戻り方を俺は知らない。
「うわっ!」
駅員の目に見えている筈なのは、巨大な蜂の足下に転がる人事不省の若者。映画などで見る怪人の殺人現場そっくりの図だ。
俺は
「いや、コスプレの会場からなんですけど、打ち上げしたらこいつが潰れちゃって。すいません。すぐ出ますんで。」
「もの凄く良く出来てますね。どうやって入ってるんですか。」
「ありがとうございます。着るのにちょっと技が要るんですよ。」
自分の手脚を見ても作り物には思えない。大体、こんな材質があるものか。
慌てた俺が伊月を起こそうとしたら、軽い。簡単に持ち上がった。昔の米俵を担ぐ格好で俺と駅員は階段を上った。
「すいません。あと、何とかしますんで。」
切符を渡すと俺は駅から離れた。
どうしようか。遅い時間なので人通りのないのは良かった。救急車を呼ぶのが無難だろう。いや、この格好ではだめだ。だが、いま姿が戻っても困る。半裸の変質者に見られるだろう。
「何だよ、この状況は!」
空には月が掛かっていた。漢詩にありそうな美しい月だ。
「お、名月。」
月は、瞬時に俺の詩心を刺激した。短歌が思い浮かんだ。
「君が行く道の長手を繰りたたね 焼き滅ぼさむ 天の火もがも。」
月に関係ない歌だ。酔っているから脈絡がない。
「万葉集か? 覚えてるじゃん。詠み手、誰だっけ。『道の長手』! そうだ。早く帰りてえ!」
叫んだ背中に違和感があった。羽である。物体ではなく、光線のような薄青く光り輝く何かだ。飛んで当然という意識があった。蜂は飛ぶものだ。
俺は伊月を掴むと迷わず飛翔した。一気に数十メートルも上がってしまったのに、怖くない。飛行機に乗っているような安心感がある。
「病院に。だめだ。しょうがないな。うちに行くか。」
アパートの位置は触角で明確、視界も三百六十度のパノラマだ。
「夜景最高! こいつさえいなかったらな。」
人に見られないよう、俺は猛スピードでアパートを目指した。

アパートの玄関から入るのが憚られた俺は、自分の部屋の前まで飛んで、窓を開けた。古いアパートだからか、二階の窓に鍵が掛からないのだ。いつも勝手に入り込んでいる野良猫が、ぎゃっと叫んで逃げていった。
「あ、またパンを食ったな。ポテチもやられた。」
気が猫の方へ向いたら、俺は戻っていた。伊月を適当に転がし、布団を掛けてやってから、裸の俺は寝巻きに着替え、冷蔵庫のビールを取り出した。

「ああ、よく寝た。お前が男じゃなかったらな。」
「ん?」
昼になっていた。横に伊月がいて、起き上がっている。
「お前、大丈夫なのかよ。」
俺が聞くと
「何が?」
酒に強い伊月はけろりとしているが、俺は二日酔いだった。
「まあ、いいわ。俺、まだ寝るから。」
「午後の講義サボって、今からまた飲むか。」
「帰れ、ばか。」
「飯、食ってくるわ。そのまま帰るかもしれねえ。」
「一人で寝かせてくれ。」
ちょうどポリアンナの「着信」が入ったが、この時ばかりは女の子のそれのにおいが気持ち悪くて
「ちょっと吐いてくる。」
「飲みすぎだぞ、お前。でも今晩も行こうぜ。ここでもいいけどな。デカダンス。」
「ああ、気持ち悪い。ポリアンナ、早く済ませてくれ!」
どんな美人のうんこも臭いと、谷川俊太郎の詩にあったのを思い出しつつ、俺は何度も胃液を吐いた。


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