友人たち-1
「メールありがとうございます。このあいだは助けてくれてどうもありがとうございました。嬉しいけど、少し考えさせてください。」
飲み屋にいた時、そんな返信がポリアンナから届いた。
想像するに、もう自由になれたので、改めて素性の怪しい男とは関わらないでいたい気持ちを暗に表現したのではないか。当然と言えば当然だ。そう理解しながらも俺は落ち込んだ。こちらは、もう体の関係まであるような気になっている。覗き専門に過ぎないのだったが、何しろ、トイレと風呂の時には必ず「着信」が入るから、その場面だけは全て知っている。実のところ、怪しいのは俺の素性でなく、挙動だ。その上、悪いと思ってもやめられない。
「おい、ケータイなんか見てんじゃねえよ。」
既に酔っている伊月が絡むように言い、画面を俺の腕ごと自分の方へ引き寄せた。
「読むなよ。振られたんだから。」
「嘘つけ。どうせ相手は男だろ。」
「お前はひいなさんとどうなったんだよ。」
ひいなさんと言うのは、伊月が追いかけている演劇部の同級生だ。
「何にも変わんねえよ。花束持ってったって、あ、伊月クーンありがとう、で終わりだ。虚しいもんだぜ。」
伊月は、現代文学関係の知識がずば抜けて豊富に見える奴だった。見えると言うのは、多弁過ぎるところに知ったかぶりも窺えるからだった。世代も合わないビートルズには文学より一層詳しく、ポップスも好きなこいつのせいで、知りもしなかったバンドのコンサートにまでよく付き合わされた俺は、人並みに音楽の話ができるようになっていた。
俺たち三人は、学内では仲の良い友人だった。趣味は合わないのに、クラスが同じだったことから、自然に纏まった感がある。
不思議なもので、クラスという集団を作ると、その中には、ワル、遊び人、優等生、その他という分類が出来あがる。文学部は女子ばかりだ。男女別に分類は勝手にできあがり、少ない男子の間にもそれが生じる。俺たちは、優等生の部類だった。つまり、大学の場合、勉強しかしない人間。一番世間離れした役立たずである。ちなみに、その他というのは、部活やバイトで学校に滅多に顔を出さない不思議な人間たちを指す。ひいなさんもその一人だった。
大学から遠くないこの安い飲み屋は、いつも学生やサラリーマンでごった返していた。
「はい、鶏皮三ちょう!」
店員は少ない。よくこんな混みようで注文を覚えられるものだといつも感心する。大変なばかりに見える仕事にやりがいはあるのだろうか。店員には怖くて未だに聞けずじまいだ。
伊月は、電車で二時間もかけ通学している強者だった。その方が下宿するより安いのだと言うが、しばしば俺の所に酔って転がり込んでくる迷惑な奴だった。イギリスの帰国子女にはとても見えない。
「漢文学やと、有名な作者でも、作者自身のエピソードより、一般的な感情を描くよな。しかも、ほとんど悲しいものばっかや。」
渡部の呟きは突然だ。
「みんな演歌だよな。ヨーロッパなんかは違うんだろ。」
俺が伊月に振ったら
「古典は知らねえけど、時代考えたら、変わんないんじゃねえの。」
「受ける、いうのがそもそも万人の気持ちを代弁しとらんといかん訳やけど、漢文やと個人が見えへんわ。」
「個性が現代には要るんだよな。詩なんか読んで気にいったら、作者の人生も気になる。」
すかさず伊月が
「日本人はだめだめ。個性なんて言ったって、結局、人に合わせて、誰かをはじくんだから。その点、イギリスはまともだった。そう言えば、渡部、お前、こないだ行ったフーゾクで外人出てきたって本当かよ。」
「イギリスやのうて、フィリピンやったけどな。可愛かったわ。」
風俗通いが趣味の渡部は、経験豊富で、テクニックもあると吹聴しているが、彼女はいたことがない。
「俺も外国の女、抱いてみたい。」
ポリアンナを思い浮かべながら呟いたら、伊月が
「おめーは童貞だろ。」
「おめーもそうだろ。」
俺は違うとは、相手が中学生では、言えなかった。渡部はまとめるかのように
「俺みたいに近場でなんとかせえ。要は穴にちんぽ入れるだけやろが。」
「世界人口の半分は穴なのに、俺たちの分はねえんだよ。お前みたいに高い金払う価値は、まあ、あるのかもしれねえけどよ。」
「女子もこんな話するのかな。」
俺たちは、飲むとそんな議論ばかりしていた。