解体業-1
駅のロータリーを抜けて真っすぐ歩いていくと、この町のメインストリートである商店街にぶちあたる。
商店街ていうのは様々な小規模業種の集合体で、互いに相互補完関係にあるんだ。
昔なら…そうだな。
たとえば買い物に出かけた主婦が店を巡って家族の日々の暮らしのための野菜や魚、肉、薬、雑貨等を買い、ついでに旦那のタバコとかも買って帰路につくだろ。
あるいは遊びに出かけた子供が友達と駄菓子屋に行って、そっからおもちゃ屋や本屋・CD屋あたりを回ってくんだろうし。
あるいは隠居老人がそば屋に立ち寄ったりタバコを買ったり、あるいは若者が服や小物を見て回ったりお茶したり。
各自の用事を満たすため、必要な店を訪れ、ついでのように他の店にも寄っていく訳だな。
それによって商店街の全体に客が巡って金が落ちていく。
だからか、賑わってる頃の商店街は人の行き来自体が全然違ったんだ。
けど、その中でも売り上げが良くない店だって出てくる。
その内の一軒の店、たとえば靴屋が無くなるだろ。
すると靴を買いたい客は近所のスーパーに行くようになるんだ。
そうしたらその客は他の物までスーパーで買う様になってしまい、連鎖的に商店街に店が無くなっていくんだよ。
こういう現象を櫛の歯が欠けるように、と表現されるんだな。
小規模な個人経営の店が次々と陥落して大きな競争に晒される訳だ。
商店街は各種類の店が揃ってようやく総合スーパーやショッピングモールとしての機能を維持出来るのであって、店が欠けるほど全体の機能は低下していくからさ。
商店街は一度失った店を取り戻す事なんて出来ないのが弱みだな。
この町を支えた繊維業はずっと前から斜陽だったんだ。
商店街の店が欠け始めたのとほぼ歩調を合わせるように、地元の繊維会社も無くなっていった。
労働者が町を出て行くとその家族も居なくなり、それにつれて商店街を巡る客ももっと減ってく。
ガキの頃は俺の友達もどんどん引っ越していった記憶があるよ。
町自体がまるで末期患者みたいだったな。
体の各部位の機能が低下していくのに、飯も満足に食えなくなってくみたいでさ。
絶望した患者が自死を選ぶように、店が潰れていったんだ。
解体屋の事?
解体屋って依頼を受けて、営業を停止した店舗や誰も住まなくなった家屋を解体するのが仕事なんだ。
それ以外にも車庫や物置なんかも対象になるけど。
まあ大抵は古い民家だよ。
依頼人はその建物のオーナーか親族、ないしは差し押さえた不動産関係だね。
更地にして建て直したり、駐車場にしたりするのがほとんどかな。
出た廃材は専門の産廃業者に引き渡して処分させるんだ。
あ、たまにニュースにもなるけど産廃業者が不法投棄してたりするじゃない。
そしたら信じられない事に最初にゴミを出した俺らに連絡が来て、廃材を引き取らないといけないんだよ。
不法投棄するような会社は大抵経営が限界でさ。
摘発されてもゴミをちゃんと処分する力がないからって俺らが引き取るよう行政から指導を受けるんだ。
もちろん最初に産廃業者に払った金だってもう返ってこないのに、だよ。
一回あったんだけどさ。
たまんないよ、本当。
で、更地にした事を依頼人に確認してもらうと、俺らの仕事は終わる。
後、近隣住民への事前と事後の挨拶は欠かせないね。
地域の年寄りとか揉めるとうるさいからさ。
建築関係でも色んな業種があるんだ。
現場作業の足場を組むだけの業者もあるし、資材の搬送や塗装も電気系統もそれぞれ別業者だったりする。
建設工程が終わった後で客に渡す前の清掃を行う業者もいるし、俺みたいに壊す専門の業者もいる。
解体専門なのに建設って名乗るのはおかしいって思うかもしれないけどね。
解体専門でもウチみたいなとこは多いんだ。
解体業者だって実際は専門の資格だっているし、建設関係の仕事に違いは無い訳だからね。
こういう仕事をしていると取り壊すとき、これはまだ使えそうだとか思うようなものが建物の中で見つける事もあるよ。
基本的に全て破棄する前提で受けてるので、依頼人に聞く必要はないから各業者の判断でこっそりと持ち出して売りさばくとこもあるし。
家具の類もあるし、店舗ならそこそこの厨房設備の時もね。
ただ古くてかさばって値段が付かなかったり、二束三文なのがほとんどだけどさ。
手間なだけで儲からないから俺はまずやらないね。
意外に思うかもしれないけれど、解体はちょっと空がぐずついている方がいいんだ。
小雨が降ったりして湿っていると砂埃が舞わないからさ。
古い木造家屋だと土壁や砂壁を使ってたりするから、重機で押しつぶすと本当に呆気なく壊れてしまうんだよ。
その分、派手に汚れが舞うから近隣に迷惑が掛からないよう覆いをしてても苦情が来ることもあるんだ。
海外で鉄筋の建築物をダイナマイトで爆破解体する映像を見た事があるだろ。
あれ、日本じゃほとんど無理なんだ。
火薬関係の取り扱いや法規制が厳しいし、昔ながらの町だと消防法が厳守されてなくて隣接する建物との距離が近すぎる事が多いしさ。
日本だとまず人里離れた場所くらいしか許可がされないんだよ。
でもそんな人里離れたような場所で大きな鉄筋の建築物なんてそもそもないだろ?
ましてそれを一気に爆破解体しなきゃいけないような事なんて稀だしさ。