痴漢専用車両の在り方-1
【痴漢専用車両の在り方】
『えっ?自由にセックスできないの?陽子さん、どうしてなの?』
画面の中の良子が、詰問口調で陽子を見詰めた。しかし、その陽子を見る良子の目が見る見る内に見開かれていった。
『よ、陽子さん…、どうしたの?』
良子が驚いたのは陽子が泣いていたからだ。陽子は目頭を抑えながら首を振った。
『ご、ごめんなさい。あたし部外者なのに責めるような言い方して…』
良子は頭を下げながら、自分の軽薄さを心の中で詰った。
「違うんです!」
さっき、取り繕うために言ったのと同じ言葉だったが、今度は世間一般に倣ってではなく、自身の意思を持って否定した。
(でないと、また…)
『何が違うの?』
良子の方も、さっきとは違う意味を感じて優しく聞き返した。
「嬉しかったんです」
『嬉しかった?』
良子に聞き返された事で、情報解析のスペシャリストは、直ぐに本当の答えを導き出した。
「いえ、嬉しいよりもホッとしちゃって。ダメだなあたし…、結局自分の事ばっかり…」
陽子は落ち込んだ。
『陽子さん…』
「陽子、それはどっちでもいいんだよ」
星司が陽子の肩にそっと手を置いた。
「よくないよ。みんなの事よりも、自分の気持ちが楽になった事を喜んでるのよ。あたしはいつもこうなのよ。星司ならわかるでしょ、あたしが自分の事しか考えない自己中心的な人間って事が。今度の事もそうなの。どうでもいい変な意地で自分から言い出せなくて、誰かが言ってくれるのを待ってたのよ。あたしってどれだけ自分が可愛いのよ!ホントイヤになる」
陽子は星司の手を振り払った。
「肩の荷が降りてホッとするのは人ならば当たり前だ。それに人は大なり小なり自己中心なものだよ。陽子が特別なわけじゃないよ」
その事で悩む陽子に対して、この言葉で納得しない事は星司にはわかっていた。しかし、総ての懸念が解決した今でも、不安定に揺れ動く姉の心を固定させるために敢えて口にした。そして心に溜まったものを吐き出させるために。
「あたしはそうなの!星司はあたしを刺激しないように、悠子への想いを探らないようにしてたから知らないでしょうけど、あたし、心の底では悠子が死んだ事を喜んでたのよ。これであんたがあたしのところに帰ってくれるって…」
以前、優子にその心の闇を告白した事があった。その時は優子の力で癒されはしたが、しかし、陽子は情報解析のスペシャリストだった。白黒をハッキリさせる性格上、やはり陽子は自分を赦す事ができないでいたのだ。
『陽子さん…』
自分を気遣うような由香里のつぶやきが聞こえた。一瞬、それに甘えたくなったが、陽子はギュッと目を閉じてその思いを追いやった。自分の醜い心を隠し、【痴漢専用車両】で彼女達の弱味を利用したのだ。
(甘える事なんてできない)
特に寛子と由香里には幾度も他人の復讐に捲き込み、精神的にきつい思いばかりさせてきた。それを含めて総ての決着をつける時がきたと悟った。それは同時に星司の思いでもあった。しかし、姉と弟が思い描く帰結点は全く違っていた。
(雄ちゃん、ごめんなさい…。あたしやっぱり…)
決意を固めた陽子が口を開いた。その陽子の決意に気付いた星司だったが一旦成り行きに任せる事にした。
「由香里先生、あたしはあなた達の弱味を利用したのよ。なのにそんな優しい声をかけないで…」
しかし、陽子のその考え方に由香里はカチンときた。
『利用したあ?なに変な解釈してるのよ!陽子さん、あなたがあたしの生徒なら0点よ』
「そう言われても仕方がありません…」
陽子は項垂れて答えた。