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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−6−-1

 一服をすませてから喫煙所を出ると、僕はその横に置いてあるベンチまで行ってどっかりと腰を下ろした。次の仕事までにはまだ時間もあるし、どうせまたビニルハウスの中で汗だくになるのだ。 せめてそれまでは、外の空気を吸いながらゆっくりしていたかった。足元を見ると、頭上の枝からゆらゆらと木漏れ日が落ちている。まるで、海に反射する太陽の光みたいだ。ふとした瞬間。その柔らかな波に危うく意識まで持って行かれそうになって、僕は両目をしばたいた。木陰の心地よさに連日蓄積されてきた疲労も手伝って、気を抜いたら座ったままでも眠ってしまいそうだ。しっかりしろ、とかぶりを振る。晩飯まで残り二時間。とにかくそれまでの辛抱だ。眠気を一掃しようと、両腕を空へ突き上げて大きく深呼吸する。そしてゆっくりと反り返り、
「ばぁ!」
倒れかけた体勢を整えて、僕はあらためて背中の方へ首をねじ曲げた。
僕の驚いている顔を指さしながら、
「あっははは」
と、柊由良が笑った。
「びっくりした?」
「び、びっくりしたにきまってるだろ!」
いきなり鼻先が触れるほど近くに、逆さまになった彼女の顔が現れたのだ。そりゃあ、誰だって驚く。波ひとつ立たない静かな水面に、突然大きな岩を投げ込むようなものだ。
僕は荒れ狂っている心臓を押さえながら、
「止まったらどうするんだよ」
と、かなり本気で言ってやった。
柊由良はなおもくすくす笑いながら、
「ごめんなさい。だって藍斗センセ、すっごく眠たい顔してたんだもん」
と僕を拝むように手を合わせた。
「お仕事、つかれたの?」
「まぁね」
僕は苦笑した。
「ハウスの中ってかなり暑いんだな」
「うん。汗だらだらだよね」
柊由良はそう言うと、思い出したようにポケットから何かをとりだした。
「はいこれ、藍斗センセの分」
僕の手の平に、ころん、とあめ玉が二つ転がった。顔を上げると、目が合うなり彼女はにっこりと笑った。
「これね、私の部屋にあるおやつ。藍斗センセにもあげようと思って持ってきたの。
オレンジ味とコーラ味。おいしいよ」
「へぇ」
僕は微笑んだ。
「ありがと。いただくよ」
柊由良ははにかむように笑うと、小さく手を振って、そのまま休憩所の方へと駆けていった。遠ざかっていく彼女の背中から、もらったあめ玉へ目を移す。ちょうどいい。これをなめながら仕事に入れば、きっと眠気も覚めるに違いない。僕はさっそくコーラ味の方の包みを破ると、中身を口の中へほうり込んだ。なんだか懐かしい味だな、と思って舌の上でころがしていると、喫煙所の方から僕に向かって手を振る姿を見つけた。佐藤さんだ。彼はのろのろとこっちへ歩み寄るなり、
「ああ、疲れたぁ」
と言って僕の隣り大きな尻を下ろした。メガネをかけていてもあまり神経質そうな印象を受けないのは、多分その丸々とした輪郭のせいだろう。彼は手のひらで汗だくの顔に風を送りながら、
「仕事、どうかな?慣れてきた?」
と言った。
「慣れてきてはいるんですけど、さすがに疲れがとれなくて苦労してます」
あはは、と佐藤さんは笑った。
「ま、しかたがないさ。この仕事を選んだ宿命だと思って、あきらめるしかないね」
「そうですね」
言ってて、思わず苦笑いがもれた。
まさにそのとおりだと思った。
意志の疎通が難しい人達と一緒に仕事をして行くということは、生半可な気持ちじゃ絶対にやっていけない。彼らと上手にコミュニケーションをとりつつ、さらに指導していく立場を守っていく。それがどれだけ大変か。


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