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銀の羊の数え歌
【純愛 恋愛小説】

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銀の羊の数え歌−5−-2

「お前、本当にばかな奴だな。彼女はついこの間会ったばっかりだぜ?ちょっと話題にしたくらいで何だよ、それ。俺の事をちゃんと見てきたなら俺が今嘘を言っているかどうかくらい分かるだろ?」
「じゃあ、聞くけど」
顔を濡らした琴菜が言った。
「柊っていう人のこと、少しでも気にならなかった?全然本当に何とも思わなかった?」
一瞬、柊由良と始めて会った時の情景が脳裏をよぎったが、
「当たり前だろ」
と僕は言い放っていた。
それだって、本心のつもりだった。けれどそれに対して琴菜が言ったのが、耳元によみがえったさっきの台詞だった。
「…嘘つき」
道端にガムを吐き捨てるような、一切の感情を感じさせない一言だった。そしてその言葉を最後に、彼女は僕を置いてとぼとぼと歩きだしていた。最初の曲がり角。彼女の背中はそこを右に折れて、消えた。冷たいものが僕の鼻先を濡らした瞬間、自分が息を止めていたことに初めて気が付いた。 のろのろと、灰色の空を見上げる。雨だ。道路に五百円玉ほどの黒い染みを作ったかと思うと、十秒後には容赦なく降り出していた。着ているものは全て、ものの数秒でずぶ濡れになってしまった。でも、そんな事どうでもよかった。僕は、額に張り付いた前髪をゆっくりと掻き上げると、うなだれた。
(…嘘つき)
琴菜の声が、血液のように全身をグルグル巡っていく。ショックだった。何がどうしてそうなのかはまるで分からなかったが、とにかくショックだった。ここで思い切って彼女の後を追えば、そしてもう一度話し合えば、案外すぐに解り合えたのかもしれない。もしくはその夜に電話をして、ちゃんと誤解を解いてやれば、ちょっと甘酸っぱい気持ちをかみしめたりしながら簡単に仲直り出来たかもしれない。今までだって幾度となくケンカをしてきたのだ。それくらい僕にだって分かっている。実際、琴菜だってそれを願っていたと思うし、それを行動に移すべきだったのだ。にもかかわらず、結局僕はそのどちらもしてやれなかった。どういうわけか、 どうしてもそうする気にはなれなかった。
「藍斗センセ!」
いきなり声をかけられて、体が弾かれたように痙攣した。
「三時休憩だよ。行こ」
と、肩をぽんっとたたかれる。
それが柊由良だと分かった時には、彼女はすでに僕を追い越して休憩所へ向かっていた。 「……」
クリーム色の作業着の背中で、子馬のしっぽみたいな後ろ髪が揺れている。
(俺が、彼女に恋愛感情を?)
思ったとたん昨日の事が再び頭の中に浮かんできて、僕はそれを振り払うようにかぶりを振った。勘弁してくれよ、と心の中で呟く。確かに、初めて柊由良を見た時にはその綺麗な顔立ちに見とれてしまったし、今みたいに目で追う事もしょっちゅうある。それは認める。でも、琴菜に責められるような後ろめたいことなんて何ひとつしちゃいないのだ。開き直るわけではないけれど、柊由良みたいないい女をつい目で追ってしまうのは、これはもう男の性だ。断言してもいい。柊由良が街中を歩けば、
すれ違った男は必ず一度は振り返る。絶対に、だ。


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