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亜紀
【その他 官能小説】

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亜紀-4

 健介の職場には指導教師だというおばさんの他には数える程の職員しかいない。そこに本部から管長と副管長が交代で顔を見せる。管長というのがこの集金システムを考案したおっさんで実に品のない顔をして、常に若い女を伴っている。それがまた狐のような顔をした女だが、色気だけはたっぷり持っていて、それをそこらじゅうに振りまきながら歩いているような女である。管長が善良な人達から吸い上げた金を、この女狐が更に吸い上げているのでは無いだろうか。男と見れば老若美醜を問わずベタベタとしてくる大変な女で、姿を見せるたびに健介にも肩だの腕だの触る。男と話をする時は、どこかに触れないと声が出てこないかのように触りまくる。モモだろうが尻だろうが平気で触る。顔は狐みたいでも、若くて手触りは女のそれだから触られる方は困惑してしまう。
 お経なんか読んだことも無いのだろうが管長補佐という肩書きを持ち、真言宗だから白い山伏のような服を着ている。それも特注した服なのかアラビアン・ナイトに出てきそうな柔らかい薄衣で、殊更胸の袷を押し広げて着ている。こんな格好で相手が男とあれば誰にでも抱きついたりする。先日は健介に抱きついて来て
 「小野田ちゃん、助けてよー。管長が酷いのよ。若い信者に手ぇ出そうとしてるのよー」
 などと泣きつく。管長が若い信者に手を出そうとするのは毎度のことだから驚くには当たらないが、その度に女狐と管長の間に度はずれの激しい喧嘩が繰り広げられ、こればかりは何度見ても驚く。その際の女狐のキチガイのような激しさは何度も見てきているから、こんな女に関わったら身の破滅だと思う。管長は、こんな女を御すことの出来るのは俺しかいないとでも思っているのか、女狐が誰にベタベタしようが一向に気にせず、時にはけしかけている趣さえある。
 今日も昼前に副管長がやって来て直ぐに出ていくと、入れ替わりのように管長がやってきた。女狐が一緒なのはいつものことだが、今日は例の山伏の衣装が水色なので驚いた。これではとても山伏に見えない。キャバレーから連れ出したホステスとしか健介には見えないのだが、そんなことを言う訳には行かない。机に向かって書き物をしていたが、座ったままとはいえ敬意を表しているつもりで、椅子を回して女狐のほうを見ながら挨拶した。

 「これいいでしょう。特注して高かったのよ」
 「はあ、そうですね」
 「それだけ?」
 「いや、実にいいですね」
 「またあ、小野田ちゃんは口数少ないんだからあ。それで偶にあっと驚くような殺し文句吐いて若い子をコロッと行かせるんでしょ。そういう人っているのよね」
 「いや、女っけはありませんから」
 「またまたあ、渋い顔してそんなこと言っても駄目よぉ。此処に入ってくる時入り口の所で若い女の子が小野田ちゃんのこと聞いてたわよ。管長みたいに若い信者に手ぇ出したりしたら駄目よ」
 「えっ? 誰だろう? なんか支払いか何かのことかな」
 「このー」
 と言いながら女狐は事もあろうに椅子に座っている健介に跨って乗ってきて、健介の顔を胸に抱きしめてくしゃくしゃにした。健介は面食らって椅子ごと後ろに倒れそうになってしまった。誰が見ていようとこの女狐は平気なのだ。しかしやられる方は平気ではいられない。全くたまったものではない。
 「その女の子がなんと言ったと思ってるの? 『小野田はおりますか』って言うからてっきり娘さんかと思ったじゃない。そうしたら婚約者ですって言うじゃないの。あんな若い子をどうやって物にしたのよお、この色男」
 「え? 婚約者?」
 「とぼけたって駄目よ。今度私に紹介しなさい」
 「はぁ」
 教団の信者は圧倒的に女性が多い。大体宗教にすがるのは男より女の方がもともと多いのだろうし、男より女の方が騙しやすいということもあるのだろう。若い女から婆さんまで年齢層に偏りは無い。余程若い女の子で無い限り、「子供を堕したことがあるでしょう、水子の霊が見えます」と脅しつけるらしい。そして殆どの場合それで「えっ、本当ですか」と泣き出してしまうのだという。
 そうは言っても宗教にすがる女の子と言えば、子どもを降ろすどころか男との経験はないという人も多いはずである。そんな場合には「あなたのお母さんが」と言えばよい。この手は相当な年齢の女性に対してもそのまま通用するそうで、「あなたは子供を堕したことがありますね」と断定して否定されたら「では、あなたのお母さんですね。私にはあなたの肩に水子の霊が見えるのですから」と言えばいいらしい。
ともかく信者には若い女の子も大勢いるし、健介も仕事柄彼女達と日常的に接触しているので、誰か思いこみの激しい女の子がいるのだろうかと考えた。宗教に縋る人が皆おかしい訳では無いが、中にはちょっと尋常ではないような精神の持ち主もいて、そういった人達の考えることは俗人には想像が及ばない。これはそろそろ本気で転職を考えないといけない時期なのかも知れないと思った。

 仕事が終わって自転車置き場まで行ってから女の子との約束を思い出した。今開けた鍵をもう一度掛けてから駅の構内を抜けて向こう側の喫茶店に行った。いなければいいと思っていたのだが、女の子はちゃんと1人で奥の窓際の席に座り、本を読んでいた。まだ年を聞いていないが、まるで中学生のように見える。と言っても近頃健介には中学生も高校生も大学生も区別は付かないのだが。


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