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亜紀
【その他 官能小説】

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亜紀-3

 「やっぱり奥さんが死んで、自分も死のうと思ったの?」
 「それはそう思ったさ。思っただけでは無くて何度も自殺しようとしたよ。だけど死ぬっていうのは怖いことでね、出来なかったんだ」
 「ふーん、昨日死ぬ前に思い切り泣いてから死のうと思っていたら、自転車盗まれたのと勘違いしておじさんがお金置いていったでしょ? それでその後なんだか馬鹿馬鹿しくなって死ぬ気がなくなっちゃってうちに帰ったの。でもやっぱりうちに1人でいると彼のこと考えて胸が張り裂けそうな程辛いの」
 「そうだろうな」
 「それでお金を返さなくてはいけないし、あの暢気なおじさんと少し話でもすれば気が楽になるかなと思って喫茶店に誘ったのよ」
 「暢気なおじさんか。自転車を盗まれて泣いていると勝手に思いこんでしまったのはそそっかしかったけど、暢気なおじさんねぇ」
 「うん、そしたら奥さんが死んで自分も死のうとしたことがあるだなんて言うから驚いた」
 「まあ暢気に見えるのは年の功という奴でね。大人は悩みがあっても顔に出さずに飄々と生きていくものなんだよ」
 「へえ。ね、奥さんが死んで自分も死のうと思ったのはいつ頃までそう思っていたの?」
 「まあ、約1年は腑抜けみたいになって生きていたね。その間はいつ死んでもおかしくなかった」
 「おじさん、あのビルの何階で働いているの?」
 「ああ、本学寺というのが2階と3階にあるだろう? そこが僕の職場だ」
 「あー、おじさんはお坊さんなんだ?」
 「違う、違う。僕は経理係で、坊主ではない。それにあの本学寺というのはまともな宗教では無いからまともな坊主なんて1人もいないよ」
 「まともな宗教では無いってどういうこと?」
 「つまり悩みを抱えた人が来ると水子の霊が祟っているとかご先祖様が怒っているとか適当なことを言ってお祓いしないと不幸になっていくばかりだと脅すんだ。それでどうしたらいいんでしょうと聞くとお寺の水行に参加して身を清めなさいと言って多額の参加費を搾り取るんだ」
 「えー? そんなインチキな宗教だったの? 私おじさんと話した後あそこに行って相談してみようと思っていたのよ」
 「いかんいかん、それはいかんよ。あんな所、まともに修行した坊さんなんて1人もいやしないんだから。高給優遇なんてチラシ見て応募してくるそこらのおばさんにノウハウ教えて般若心経の最初の方だけ暗記させて指導教師だなんて名前を付けているだけなんだ。ノウハウというのは人を脅して金を出す気にさせるノウハウなんだよ」
 「本当? おじさん、だってそこで働いているんでしょう? そんなことを言っていいの?」
 「うん、まあこんなことを言ったのが知れれば勿論首だな」
 「そうでしょ、でも今のは本当?」
 「本当さ。そこで働いている僕が言うんだからこれ程確かなことは無い」
 「それじゃどうしてそんな所で働いているの?」
 「うん、それを言われると辛いね。大人はこの矛盾に満ちた世の中に順応して自分自身矛盾に満ちた存在になってしまうんだな」
 「何を気取っているの。私が親しくしている知り合いのおばさんがあそこの信者になって300万円もつぎ込んでいるのよ。それで信じ込んで今でもあそこに通ってるんだから」
 「そうか・・・。それじゃ時間が来たようだからそろそろ仕事に行かないと。もう死ぬことなんて考えたりしたら駄目だよ」
 「ちょっと待ってよ。まだ話は終わっていないじゃない。ちょっと座ってよ」
 「いや、弱ったな」
 「何が弱ったよ。あんなこと聞いた以上ここで帰す訳にはいかないわ」
 「いや、もう本当に行かないと」
 「何言ってるの」
 「うーん、それじゃ仕事が終わったらゆっくり話をしよう。4時に又此処に来るから」
 「それじゃいいわ。その代わり来なかったら私乗り込んでいっておじさんが言ったことを大声で喋るわよ」
 「おいおい、必ず来るから」
 「名刺を頂戴」
 「ほら、必ず来るから早まったことをしてはいけないよ」
 「それ自殺するなっていうこと? それとも職場に来ないでくれっていうこと?」
 「両方だよ」
 「分かりました。小野田健介さんというのね」


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