亜紀-12
「なるほど、マヨネーズをかけると臭みが消えるな」
「いつも生野菜は何もかけないで食べているの?」
「ジュースにマヨネーズをかける訳にはいかない」
「ジュースじゃなくて生野菜」
「生野菜は食べない」
「駄目ねえ、男は」
「女みたいな口をきくな」
「女ですもの」
「子供は男も女も無い」
「また子供扱いする。新しい下着を穿いて来いって言ったのは誰なの」
「ああ、そうだった」
「思い出したでしょ。そしたら黙って食べなさい」
「君は職業はなんだ?」
「何だと思う?」
「分からんから聞いている。なぞなぞやってんじゃない」
「学生よ。芸術大学のピアノ科」
「ほーう、どんなのが弾ける?」
「どんなのを知っているの?」
「ピアノ曲ならなんでも知っている」
「本当?」
「ああ」
「それじゃ1つ言ってみて」
「シューマンの子供の情景、ショパンのワルツ・マズルカ・ポロネーズ、ラベルの亡き王女のためのパバーヌ、ムソルグスキーの展覧会の絵。まだ言うか?」
「分かったわ、本当に知っているのね。驚いた」
「驚くことは無い。ただ知っているだけで自分で弾ける訳じゃ無いんだから」
「当たり前よ。今言ったの全部弾けたら大変だわ」
「それで君はどの程度なんだ。エリーゼの為にが弾ける程度か?」
「うん、それは弾ける。今練習している課題曲はバッハの平均率クラヴィア」
「それはいい曲だな」
「知っている?」
「知らなきゃいい曲かどうか言えない」
「知ったかぶりということもあるじゃない」
「そこにCDがある」
「後で聴いてもいい?」
「ああ」
食事の後亜紀はCDをかけて掃除を始めた。健介は棚を直している。下手の横好きという奴で、恐ろしく不器用で下手な癖に日曜大工が好きなのである。やはり釘では駄目で、こういう物は木ネジで止めないとしっかり固定しないようだ。それで昨日帰りに木ネジを何種類か買ってきてどれが合う大きさなのか調べたりしている。左手でネジを押さえて右手でドライバーを廻していたら、丁度柱の節の所に当たったらしくてなかなか入って行かない。やはりキリのような物である程度穴を開けておかないと駄目なのかなと思いながら強く押しつけて廻していたら、ドライバーが滑って押さえていた左手の指に当たって怪我をした。思わずイテッと言ったから亜紀が飛んできて「アーア」と言いながらテキパキ処置してくれた。
「何やっていたの?」
「だから棚を直していた」
「そんなのカラーボックス買ってきてこのタンスの上に載せればいいじゃない」
「自分で作れば安上がりだろう?」
「この板いくらした?」
「これは厚手でしっかりしているだろう。4000円もしたんだ」
「この金具は?」
「さあな、いくらだったかな。1000円くらいじゃないのか」
「そしたら合わせて5000円でしょ。駅前のなんでも屋に行ってごらんなさい。3000円でカラーボックスが買えるから」
「カラーボックスってあの白い奴か?」
「そう、白とか赤とか」
「そんな色の奴は嫌いだ。部屋に合わない」
「それなら木目模様のだってあるわよ」
「そうか? まあいい、僕は作るのが好きなんだ」
「それにしては下手ねぇ。この金具なんか曲がって付いてるじゃない」
「うるさいな君は。人のうちに来て文句を言うな」
「だってこれ、真っ直ぐ付けないと棚が水平にならないじゃない。ちょっと貸してみて」
「馬鹿たれ、女に出来るか」
「出来るわよ。ほらこの位置なのよ」
「位置は分かっている。そこに止めるのがちょっとした熟練を要するんだ」
「ちょっと釘とカナヅチを貸して」
「ふん、女の考えそうなことだな。棚というのは釘で止めても駄目なんだ。だから今直す羽目になったんじゃないか」