ケイと圭介の事情(序章)-5
約30分くらい教室の掃除に付き合わされた圭介はようやく校門を出てきたがその校門脇に見覚えのある赤いマセラティが停まっており、運転席の見知った顔の女性は圭介を見つけるなり車から降りこちらに歩いてきた。
「圭介、おっそーい!!」
スーツ姿で現れた女性はサングラスを外し、不機嫌そうに圭介を睨みつけた。
「奈津ねぇ!?遅いもなにもないじゃん。今日は一体どうしたのさ?」
訝しげな表情で奈津子の様子を伺う圭介。それもその筈、この奈津子こそ圭介を女装させてモデルをさせるきっかけとなった人物であるのだから圭介も警戒をしてしまう。
「ちょっと仕事を圭介くんに手伝って貰おうと思ってね〜」
腕を組み怪しい笑みを浮かべる奈津子。圭介は瞬時にして自分の身に迫る危機を感じ取っていたが、奈津子が校門で待っている時点でその危機は回避不能だと悟った。
「はぁぁ〜…で、今日はどんな格好させる気なのさ?」
「あははっ。物分りの良い圭介くんって好きよ。話しは車の中で説明するから早く乗って」
落胆の溜め息を盛大につく圭介に対し、さも当然のように笑う奈津子。この明暗を分ける力関係は圭介と奈津子が幼少の頃から変わらないものだった。
そして、圭介を車に乗せた奈津子は愛車を急加速させて目的地に向けて走らせた。
車での移動中、仕事の説明を受ける圭介だったが奈津子の運転の荒さに肝を冷やしっぱなしだった為、説明の半分も頭に入ってなかった。
奈津ねぇは本気で俺を殺す気なのかも…。
道中その考えを拭えない圭介は悲鳴を上げることもできず普段は信じる事などない神様に心の中で必死に祈っていた。
圭介が祈るような思いをしながら着いた先はこの元凶を生み出した原点でもある撮影スタジオだった。
にこやかな顔でスタジオに入りスタッフを労う奈津子に対して、その後ろにいる圭介は顔面蒼白で今にも死にそうな状態である。
「土方先輩お帰りなさい。……って、圭介くん大丈夫!?顔色がすごく悪いよ!」
奈津子と圭介を出迎えたスタッフの一人である友美が圭介の表情を見て驚きの声を上げた。
「全く、圭介ったらひ弱で困っちゃうわよね。ほら、こっちも忙しいんだからシャンとしなさい!」
全然悪びれる様子もなく奈津子は圭介の背中を叩き気合を入れるように促してきたが、圭介本人としては搾り出す様な声で恨み言を言うしかなかった。
「奈津ねぇ…俺を殺す気かぁ……あんなの人間の運転じゃないぞ…」
「何言ってるのよ。あれ位で根を上げるなんてだらしないわね。友美ちゃんだって私の横に乗ってても平然としてたんだからね。男のあんたがそんなんでどうするの!」
奈津子はそう言い放つと圭介を友美に引渡し、控え室に連れて行くように指示を出した。
圭介はやっと奈津子から解放された事と友美に介抱されたお陰でようやく落ち着きを取り戻してきた。
友美は奈津子の後輩にあたる女性だが圭介にとってこの現場で一番信頼している人物でもあり、公私に渉って手助けをしてもらっている。
例えば、香澄のようにプライベートでケイとして知り合ってしまった人に対し、どうしても会わなければならない時に女物の服や化粧の事など普通の男では対処できない部分を友美がフォローしてるのである。
「圭介くん。もう大丈夫?顔色はさっきよりは良くなってきたけど無理はしちゃダメだからね」
圭介の顔を下から覗き込むような仕種でフレームレスの眼鏡越しから優しく微笑む友美は童顔のせいか年上の女性という感じはしないが、それでも仕種や物腰に時折年上の女性らしさがあり、今それを実感させるように圭介の背中に軽く手を添えるとスタイリストとメイクが待っている控え室に連れて行った。