『第3章 そのチョコを食べ終わる頃には』-1
第三章《そのチョコを食べ終わる頃には》
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冬の入り口の十二月初め。『シンチョコ』に二人の女性が訪れた。チョコレート・ハウスという性質上、バレンタイン・デーの前後と並んで、年内でも最も忙しい時期に差し掛かっていて、店内のディスプレイにも力が入っていた。エントランスの外の両脇に大きなクリスマスツリーが置かれ、色とりどりのオーナメントが飾り付けられている。店内に入ると目の前にも輪を掛けて大きなツリーがしつらえられ、根本付近には大小様々なプレゼント包装の箱が並べられ、『Merry Christmas !』と書かれたきらきらと輝く金色のプレートがその梢のすぐ下に掛けられている。
「ケニーさん、こんにちは」
冷蔵の商品棚にブランデー・チョコレートを補充していた店主ケネスは腰を伸ばして振り向いた。
「おや、珍しい組み合わせやな。海晴ちゃんに亜紀ちゃん。いらっしゃい」
「珍しいかな。よく二人で出掛けるよ」海晴が言って、喫茶スペースの窓際のテーブルに亜紀と向かい合って座った。「こないだも二人で『アンダンテ』でランチしたし」
「何がええ?」
「今日はシナモン・ティーいただこうかな」海晴が言った。「亜紀ちゃんは?」
「あたしはいつものカフェモカ」
「毎度おおきに」
「あ、それからブランデー・チョコもいただこうかな」海晴が言った。
「え? どうしたんです? いきなり」亜紀が訊いた。
「さっきケニーさんが並べてたの見て、食べたくなっちゃった」
ケネスは軽い足取りで厨房に入っていった。
「ちょっとケニーさん、一緒に座ってよ」
テーブルに二つのカップと小皿に乗せたブランデー・チョコレートを運んできたケネスに海晴が言って、亜紀の横の椅子に移動した。
「なんや? 何か話があんのんか?」
「あるの」
ケネスは二人に向かい合って座り、コーヒーカップを持ち上げた。
「金を貸せ、っちゅう話やったらお断りやで」
「チョコレート長者の大富豪のくせにケチね。大丈夫。あたしもまだそこまで貧窮してないわ」
海晴は笑った。
「で?」
「口裏合わせをお願いしに来たんです」亜紀が言った。
ケネスは眉間に皺を寄せ、あからさまに迷惑そうな顔をした。
「なんやそれ、穏やかな話とちゃうやんか」
「まあ聞いて」海晴はにこにこ笑いながらカップを持ち上げた。
亜紀が身を乗り出し、ケネスの目を見ながら囁くような小さな声で言った。
「篠原先生の坊ちゃんの遙生くんの本当の父親がうちの遼だってことは、本人には絶対に言わないで欲しいんです」
「そんなことはわかっとる……って、亜紀ちゃん! な、なんでそないなこと知っとるねん!」
ケネスは思わず椅子を蹴飛ばして立ち上がり大声を出した。
海晴が人差し指を口に当ててケネスを元通り座らせた。
「あたしが暴露したの。それでこないだ篠原先生と剛さんとうちらで話し合ってさ、事実を共有したの」
「何もかもか?」
「そう、利恵先生と遼との過去と遙生くんの出生の真実について、何もかも」
「あ、亜紀ちゃんは平気やったんか? 遼くんに隠し子がおる、っちゅうことやんか」
亜紀は肩をすくめた。
「だって、それってあたしが遼とつき合う前の話なんですもの」
「とは言えやな……」
「ちょっと嬉しい、かな」
「嬉しい? なんでやねん」
「あの可愛いイケメンの遙生くんが近い存在になったってことです」
「非常識に前向きやな……」
海晴が言った。「そんな訳で、このことを知っている人間はあたしたち四人とケニーさんとこだけにしといてね」
「まあ、それは構わんけど……」
その時、ドアが開いて、遼が顔を覗かせた。