『第3章 そのチョコを食べ終わる頃には』-5
「性欲はある、って言ってた。でも全然硬くならなかったし射精するのも無理だった。けど、私と一緒に裸になって抱き合うことはよくやってた」
「彼はそれで満たされてたんですか?」
「どうかな……口ではありがとう、満足した、って言ってたけどね」
「先生がいろんな方法で彼の身体を慰めたりもしてたんですか?」
「試してみたけど、やっぱり下半身は無感覚だったわ。キスは好きでよく求められた」
「そうですか……」
遼は眉尻を下げて利恵を見た。
「でも、先生は? 剛さんから……」
「彼が使えるのは口と手。だから私が感じる場所を口や手で刺激してくれてた」
「繋がることは……無理だったんですね」
利恵は肩をすくめた。
「先月ぐらいから、やっと挿入できるようになったの」
「ほんとに? それは良かった」
遼はまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。
「まだ途中で萎えちゃうけどね」
利恵は微笑みながら茶をすすった。
「でも、それ以降、性欲もますます強くなっちゃって、日に日に硬さと持続力が増してきてるの。人間の根源に直結する欲求だからね、本能的に復活を早めてるんじゃない?」
「そうですか、ほんとに良かった……」
遼も茶をすすった。
「でも、」
利恵は言葉を切って辛そうな目を遼に向け直した。
「以前はあの人に手や口で刺激されても、正直満足しなかった……」
遼は目を上げた。
「キスされても、抱きしめられても、不完全燃焼。却って欲求不満になるの。時々一人で自分の身体を慰めることもやってみたけど、だめ。やっぱり繋がり合って、くっつき合って、二人で一緒に燃え上がりたかった。ずっと……」
遼は小さく頷き、利恵のすがるような目を見つめ返した。
「剛さんもそのことはわかってたと思う。だからあんな非常識なことを言い出したのよね、きっと」
利恵は湯飲みを持ち上げ、茶を一口飲んで一つため息をついた。
「初任教師として最初に勤める学校は三年間で転勤しなきゃいけない決まりがあってね、私は二十九になる年に二校目の学校に移ったの。そこは駅の裏手にある中規模の学校なんだけど、一年目は二年生の担任を任された」
「『重松中』ですね? まだ新設されて15年ぐらいしか経ってない中学校ですよね」
「そう。だから私が赴任した時は新設五年目。そういう学校って力のある先生が集められるから、すごく勉強になったし、いっぱいいい刺激をもらったわ」
「そうですか。ラッキーでしたね」
利恵は小さく頷いた。
「その時の学年主任は私と同じ社会科担当の沖田という先生。私の十二歳上。当時四十一歳」
「沖田……先生ですか」
「彼はその学校ができた年から勤めていて、前の学校で研究主任をされたりして、若いのにばりばりの指導力と統率力を持った先生っていう評判だったの」
「同じ教科だったら、利恵先生もその先生からいろいろ指導を受けたりしたんでしょう?」
「そうなの。私の授業を度々見に来られて、アドバイスして下さった。自分が持ってる教材や資料も気軽に貸して下さったりして、とてもありがたかった」
「学校でもそうやって若手を育ててくれる人がいるのは大切なことですね」
「ほんと。そう思うわ」利恵は言葉を切ってうつむいた。「実は私……その先生と……」