『第3章 そのチョコを食べ終わる頃には』-3
「おまけにその香りには脂肪を燃焼させる効果もある、っちゅう話やで」ケネスは亜紀と海晴に向かってウィンクをした。「ちょっと嘘っぽいけどな」
「何が言いたいのかさっぱりわからない。ねえ、亜紀ちゃん」
海晴が眉間に皺を寄せて言った。
「それにしても遼くんと遙生、ほんま仲良しやな。よう似とるし。まるで親子みたいや」
遼は顔を上げて照れた様に言った。「よく言われます」
「遙生のこと、遼くんジュニアとでも呼びたいぐらいやわ」
後ろのテーブルで亜紀と海晴は大笑いした。
「はー、あったまるー」遙生は少し頬を赤くして、向かいに座った遼をちらりと見た後、安心したようにホットチョコレートのカップを両手で包み込んでほっとため息をついた。
コーヒーを飲みながら、遼は向かいに座った遙生に問いかけた。
「遙生は将来何になりたいんだ?」
カップを両手で包み込むようにしながら、遙生は目を上げた。
「コーチみたいに警察官になりたい」
「ほう。どうして」
「だって、みんなを守るかっこいい仕事じゃん」
「危険な目にも遭ったりするんだぞ」
「一日中机に座って、自分が役に立ってるかどうか実感できない仕事なんかより、ずっとやり甲斐はあると思うけど? コーチはどうして警察官になろうと思ったの?」
遼は少し考えて言った。「大切な人を守りたい、って思ったことがきっかけかな」
「大切な人って? あっちにいる奥さん?」
遙生は海晴と一緒に座っている亜紀を横目でちらりと見た。
遼は照れた様に頷いた。
「そういう理由なんだね。コーチらしいね」
遙生は嬉しそうにホットチョコレートをすすった。
店のドアが開けられ、軽やかなカウベルの音がした。遼は目を上げた。
「ごめん、待った?」
利恵が剛と二人で店内に入ってきた。そして海晴と亜紀に向かって揃って小さく手を振った後、遙生がホット・チョコレートを飲んでいるテーブルの横に立った。
遙生は母親を見上げて口を尖らせた。「なんだ、もう来たの?」
「なによ、その言い方」
「もうちょっとコーチと話をしときたかったのに……」
剛は笑った。「おまえ、本当に遼のことが好きなんだな」
「警察官だから」
遙生は笑って親指を立てた。
「予約してた時刻までもうちょっとあるから、まだいいよ」
利恵が言って遙生の横に座った。剛は遼の隣に座った。
「剛兄さん、もっと早く教えてくれても良かったのに。この町に住んでるってこと」
剛は肩をすくめた。
「なんだかんだで言いそびれててな。いずれいずれ、って思ってたらずいぶん時間が経ってた」
「ねえねえ、父さんと秋月コーチっていとこ同士なんでしょ? 小さい頃は一緒に遊んだりしてなかったの?」
剛が遙生の頭を撫でながら言った。
「遊んでたさ。横浜からこの町に来られるのが楽しみだったよ」
「でもさ、いとこ同士って、こんなに顔が似るものなの?」
遙生は遼と剛の顔を見比べた。
「ほんとにね」利恵がにこにこしながら言った。「兄弟でもここまで似てる人は少ないかもね。お父さんが少し痩せてしゅっとしたらもっと似るかも」
「悪かったな、しゅっとしてなくて」
遙生は笑った。
「だから僕も秋月コーチに似てるって言われるんだね」
遙生はそう嬉しそうに言ってカップのチョコレートを飲み干した。
剛と利恵は思わず顔を見合わせ、口角を上げた。
「さて、そろそろ行くぞ、遙生」
剛が言って妻と息子を促した。
「うん。じゃあね、コーチ、つき合ってくれてありがとう」
「楽しんできな」
遼も立ち上がると遙生の肩を軽く叩いた。
店を出たところで、利恵は見送りに出ていた遼の横に来て、言った。
「秋月くん、近いうちに相談に乗ってくれないかな」
「え? 相談ですか?」
「んー……相談って言うか。聞いて欲しいことがあるの。個人的なことだけど、いいかな……」
「遠慮しないで下さい。市民の不安の解消のお手伝いをすることも警察官の重要な役目です」
「ありがとう。じゃあ、交番を訪ねる前に電話するね」
「わかりました」