『第3章 そのチョコを食べ終わる頃には』-10
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交番の市民相談室で利恵と向かい合った遼は、ひどく切なそうな目をした。
「先生は悪くない。僕はそう思います」
「ありがとう。秋月くん。でも私のやったことは許されることじゃない。高一の貴男を誘惑したり、妻子ある男性と不倫したり……。私って淫乱な女なのよね……」
遼は小さく首を振った。
「先生の行動には、ちゃんと理由があるじゃないですか。軽率に訳もなく、闇雲に手当たり次第男性を求めてる訳じゃない。僕には理解できるし、責める気持ちにもならない」
「そう……」
「それに、剛さんとの約束をちゃんと守っているじゃないですか。今もご存じないんでしょう? 剛さん」
利恵は頷いた。
「……いいと思います。それで」
遼は少し躊躇ったようにそう言って茶をすすった。
「でも、私『本気にならない』っていう約束を、危うく反故にするとこだったの」
遼は思わず顔を上げた。
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「イくっ! 出るっ!」
沖田は顎を上げて叫んだ。私も大きく腰を揺らしながら言った。「イって! イって!」
ぐううっ、という声を上げて、沖田は腰をぶるぶると震わせた。その瞬間、彼の身体の中で渦巻いていた熱い奔流が、被せられた薄いゴムの中に迸った。
あれから私と沖田は二週に一度ぐらいの間隔でその火照った身体を重ね合わせていた。
ベッドの上に二人とも仰向けで横になっていた。私は沖田の胸を撫でながら言った。
「ご家族には気づかれてないの?」
「大丈夫」
沖田は私の髪を撫でた。
「君は?」
「はい。心配しないで」
そう、良かった、と言って沖田は小さなため息をついた。
「思えば、初めて君とこうして抱き合った夜は、ゴムを使わなかったね。ごめんね」
私は恥ずかしげに言った。
「私にもそれに気が回るほどの気持ちの余裕はありませんでした。もうただ欲しくて欲しくてたまらなかったから」
「安全日だったの?」
「ぎりぎり……かな。ホテルを出て、少し不安になりました。でもちゃんと生理が来ました」
「ホントにごめんね」
沖田はまた私の髪を優しく撫でた。
「沖田さんって、優しいですね」
「え?」
「行為の時、あんまり野獣にならないですね」
「巷のオトコは野獣になるものなの?」
沖田は悪戯っぽく訊いた。
「ならないものなんですか?」
「ドラマの見過ぎだよ」
沖田は笑った。
「でも、絶倫」
「え?」
「だって、私とこういう所に入る時は一回で終わらせたこと、今まで一度もないじゃありませんか。前回は三度も天国に連れていかれて、私へとへとでした」
沖田は困ったような顔で笑った。
「それはね、きっと道ならぬ行為というファクターが、気持ちと身体を燃え上がらせているせいだと思うよ」
「秘密の行為だから?」
「そう」沖田は数回目をしばたたかせて続けた。「僕も君も家庭を持っている。二人の関係は、いわゆるダブル不倫。道義的に許されないこと。そういう後ろめたさや罪悪感が逆に僕の行為を大胆に、激しくしてるんだと思う。君もそうなんじゃない? いつも、学校での普段の君らしくない激しさだし」
「そうかも……知れませんね」
「それに、何より君の身体は素敵だ。柔らかくて、良い香りがする」
沖田は照れて頬を赤く染め、私を見つめた。
その時、危うく私はじゃあ、奥様と私とどっちが燃える、と訊いてしまうところだった。
「私のこと、好きにならないで下さいね、沖田主任」
私は沖田の鼻を軽くつついた。
「わかってる。わかってる」
沖田は何度も頷き、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「シャワー、浴びて来ます?」
「そうだね。君は?」
「一緒にいいですか?」
沖田は笑った。「そうやって毎回甘えられたら、いつか君を好きになってしまうかも知れないよ」