『第2章 その秘密の出来事は』-8
「そう言えば篠原姓になってますね、先生。へえ! 知りませんでした。今の今まで」
「私と彼、結婚してもうずいぶん経つのに? 聞いてなかったんだね、ご家族に」
「剛さんとは僕が小六の時を最後に会ってなかったし、そうか、高校の時、お袋が入院した甥の見舞いに泊まりがけで行った、っていうのはその剛さんのことだったんだ……」
「遼先輩はその剛さんが怪我をして半身不随になったことも知らなかったんすか?」
「聞いてなかった……と思う。たぶん。お袋からも姉貴からも」
「でもっすよ、」修平は利恵に目を向け直した。「当時の彼氏さんがそんな大怪我をしたんじゃ、実習とかやってる場合じゃ……」
「もちろんすごく落ち込んでたわね、私も彼も。でも実習が始まる頃には術後の経過も安定してて、秋月くんのお母さんや彼のお姉さんもついててくれたからある程度は安心だった。それに何より彼が言ってくれたの。先生になりたい夢を諦めるな、って」
「そう……ですか」
「幸いリハビリを続けるうちに今ではどうにか歩けるぐらいまでは回復したの。長くかかったけどね」
「そうだったんすか……旦那さん、そんな辛い目に」
「車椅子から解放されるまでに七年かかったわ。でね、私が秋月くんを誘惑した理由は、怪我をして不能になった彼に抱いてもらえない寂しさを埋めて欲しかったから」
「へえ、そうだったんすか……」修平は腕組みをして何度も頷いた。
「彼と秋月くん、ほんとによく似てるの。まるで兄弟のように。だから私剛さんと秋月くんを重ねて身体を慰めてもらったのよ。秋月くんには言わなかったことだけど」
「それが直接の原因なんすか?」
「たぶんね。でもそれを秋月くんに言ったら拒絶されちゃうでしょ? 剛さんの代わりに、ってことなんだから」
「いやいや、男を甘く見ちゃいけません、先生。男ってやつはもしそう言われたとしてもエッチできるとわかれば挑む動物です。そうですよね? 遼先輩」
修平をちらりと見て、遼は申し訳なさそうに口を開いた。
「確かに……あの初めての時は、何て言うか、もうそのことしか考えてなかった気がする」
「そっかー、シャイで紳士な秋月遼くんでもそうだったんだね」
「私も人のこと言えないけどね」利恵はうふふ、と笑って続けた「抱いてくれるオトコがいなくなった途端、身体を慰めてくれない寂しさを強烈に感じたの。よく言うじゃない、子宮が疼くって、そういう感じだったのよね。私ってインランだったのかな」
修平は大きく頷きながら言った。
「わかる気がする。うちの夏輝もいきなりサカリがついたように俺に襲いかかってくること、たまにあっからなー」
遼は修平を軽蔑したように睨んだ。
「自分の愛妻を犬猫みたいに言うやつがあるか」
笑いながら利恵は言った。
「後悔はしてないけど、失敗だったな、って思う」
「え? 失敗? どういう意味っすか?」
「結果的には秋月くんも警察官っていう立派な仕事をして警部補にまでなってるし、愛する奥さんと穏やかに生活できてるからね。そういう意味で後悔はしてない。でも、やっぱりあんな不純な動機でまだ何も知らない男子生徒を誘惑したのは失敗だった。今思えば性的虐待だもんね。18歳未満だったわけだし」
遼は優しい目を利恵に向けた。
「お互い様です。先生。僕もそういうことしたい盛りの高校生でしたから。でも初めての女性が利恵先生で良かったって思います」
「そう?」
「毎回優しくしてくれたし、いろんなことを教えて下さったし」
「毎回? ってことは一度きりの過ちではなかった、ということっすねっ!」
「なんだよ、修平、嬉しそうに」遼はぶつぶつと低い声で言った。
「一体何回先生を抱いたんすか? 遼先輩」
困ったように口をつぐんだ遼の代わりに、利恵が身を乗り出して修平に向かって小声で言った。
「一週目の土曜日が最初、その日にすでに二回イってくれたのよ」
「さすがヤりたいサカリの男子高校生っ!」
「大声出すなっ!」
「で? その後は?」
「翌週は二日に一度、最後の三週目はほぼ毎日だったわ。ねえ、秋月くん」
「そ、そうでしたね……」
「すげえ……羨ましいっすね、弱冠高一でそんな……。で、その度に二度三度発射してたんすか? 遼先輩」
「発射って何だよ。しかも二度三度って……」
遼は真っ赤になっていた。