『第2章 その秘密の出来事は』-23
「最初は本当に俺も怪我する直前に授かった子だ、って信じてましたからね。よくよく調べてみないとそのへんの微妙な食い違いはわからないし」
剛は笑った。
「まあ、人並みに歩けるようになったとは言え、今も生殖能力は完全に回復したとは言い難いですけどね」
「そうなんか? そやったら嬢ちゃんはよう授かったな」
「そうなんですよ。俺の精巣から取り出した僅かな精子を利恵の卵子に受精させて、母胎に戻すっていう手術。何度も失敗しましたけど、利恵は諦めませんでした」
「遙生が剛くんの子やないことへの罪悪感っちゅうか、後ろめたさがあったんやろうなあ……」
「おそらくそうでしょうね。俺はその時にはあまりそんなことを気にしちゃいませんでしたけどね」
「君と遙生は仲良しやからな、いつも」
「お陰さまで」
剛は軽く頭を下げてカップを口に持っていった。
「遙生が遼くんの子やっちゅうことを君が知っとるってことは利恵さんは知らへんみたいやで」
「今夜、確かめます」
「そうか。それがええな。夫婦に秘密はない方がええからな、なるべく」
「なんです? その『なるべく』って」
「些細な秘密はあってもかめへんけど、って言いたかったんや。なんや、文句あんのんか?」
ケネスは腕組みをして剛を睨んだ。
「ケニーさんが他の複数の女と不倫しているってことを奥様のマユミさんに秘密にしてるのかと思って」
「あほか。複数の女と不倫て、そないな無節操なことするかいな。なに根も葉もないこと言うとるんじゃ!」
ケネスは真っ赤になって否定した。
「動揺の仕方が尋常じゃないですよ」剛はウィンクした。
「やかましわ」
剛はそれまでで一番豪快に笑ってテーブルを立った。
◆
その晩、利恵と剛は寝室のベッドに並んで横になっていた。
「ごめんな、気づいてたのに今まで黙ってて」
「ううん、こっちこそ。って言うか、私のやったことは許されないことだよね。ごめんなさい、あなた、本当に」
剛は利恵の髪を撫でながら言った。
「俺が君の立場だったとしても、きっと同じ判断をしたよ」
「でも、あなたと違う男性に抱かれて、子供までもうけちゃったのよ? ばれたら絶対離婚ものだ、って私ずっとびくびくしてた」
「そうか……」
剛は切ない目を妻に向けた。
「結婚して娘が生まれるまでは、遙生は自分の子だって信じてた。そして海晴さんに電話して本当のことを確信した時からは、別の意味で安心できた。君の気持ちが痛いほどわかったから」
「そうなの? 嫉妬に狂ったりしなかったの?」
「苦しかったのは、もしや剣持さんが? と思い始めて海晴さんと話すまでの一ヶ月間だけだったね」
「そうなのね……」
「剣持さんがその相手だったら許さなかったかも知れない。でも遼くんなら」
「秋月くんだとどうして許せたの?」
「一番の理由は俺と同じ血が流れているから。それに彼とは小さい頃から知っているいとこ同士だし、その出来事の当時、まだ彼は未婚の高一だったわけだし」
「そんなものなのね……」
利恵はそれでもひどく申し訳なさそうな顔をした。
「ただ……」
剛は仰向けになって天井を見つめた。
「ずっと俺は君を抱いてやることができなかった。それはずっと俺の心を苦しめてた」
「剛さん……」
「だから、遼くんであろうとなかろうと、君のその火照った身体を慰めてくれる男性がいることには、俺は目をつぶらなきゃいけなかったのかも知れないな」
「え?」
利恵ははっとして剛を横目で見た。
「こうして最終的に俺の元にいてくれるのであれば、たとえ君が誰かに抱かれても俺だけがそれを知らなければいいと思ってた」
剛は利恵に身体を向けた。