『第2章 その秘密の出来事は』-20
「好きだったの? 先生のこと」
「好き、って言うか……」
「まあ、年頃の男子だからそんなこと思わなくてもヤれるか。場所は? まさかラブホ?」
「ちっ、違うよ。せ、先生のアパート……」
「そっか。で、頻度は?」
「頻度?」
遼は困った顔をした。
「結局何回ぐらい抱かせてもらったの?」
「えっと……二週目は二日に一回ぐらいで、最後の週はほとんど毎日」
「おお、そんなに……女体に慣れるわけだ。あたしとの行為の時も余裕だったしね」
「ご、ごめん。ほんとにごめん」
海晴は呆れた様に言った。「意味もなく謝らないの。あんたの悪い癖。そもそも謝る相手がどこにいるってのよ」
「姉貴、どうしてこんなこと訊くんだ? それに、何かいろいろ知ってるみたいだけど……」
海晴はうそぶいた。「利恵先生本人に相談されたの」
「ええっ?!」
「心配しないで、彼女、あんたを弄んだことを後悔してたんだって。だから彼女の方から謝りたいって思ったらしいわ」
「弄んだって。違う。俺がムリ言って抱かせてもらったんだし。先生が謝る必要なんかないよ」
「あたしもそう言っといた」
海晴はにっこり笑って遼の肩を軽く叩いた。
「でも、なんで利恵先生が姉貴に電話を? どこで知り合ったんだ?」
海晴は思った。そうか、自分さえつい先日いとこの剛がその利恵と結婚したことを剛本人から聞いたばかりで、10年以上交流がなかった遼がそのことを知っているはずもない。海晴は考えを巡らせた。
「秋月という家を探し当てるのに、まず街の生き字引シンチョコのケニーさんに尋ねてみた。うちはK市に一軒しかないから、すぐに突き止められたってわけ」
「なるほど……」
少しの間遼は黙ったまま何かを考えているようだった。海晴はその目の前の弟に、次にどういう言葉を掛けたらいいのか悩んでいた。
不意に遼が顔を上げた。
「利恵先生の電話番号、控えてる?」
「え? どうして?」
「お、俺、先生に確かめなきゃいけないことが……」
「うちの家電、着信履歴が残らないからねえ……」
「そうか。そうだったね……」
「で? 確かめたいことって?」
「あの……」遼は泣きそうな顔で一度言葉を切り、決心したように顔を上げた。「俺、ずっとゴム付けなかったんだ。あの時」
「(きた! 間違いなさそうね)」
思いもよらず一番聞きたかった情報が、遼本人の口から得られて、海晴は心の中でガッツポーズをした。
「それはまずいわね……」
「先生、妊娠なんかしなかったのかな……」
遼は少し涙ぐんでいた。
高一当時はそこまで気は回らなかったに違いない。あこがれの女性と繋がり、火照った身体の性的な欲求を満たすので頭は一杯だっただろうから。だが、今は弟も27歳。避妊に対しての知識もとっくについている。不安になるのは当然だろう。海晴は嘘を重ねた。
「それは大丈夫。実習が終わってすぐ生理があったんだって。だから安心して欲しい、って仰ってたわよ、それも先生があんたに伝えたかったことの一つだったって」
遼は安心して大きなため息をついた。
「良かった……」
海晴は弟の肩を抱いて耳元で囁いた。
「ありがとう。ごめんね、苦しい思いをさせて」
「姉貴……」
「あたしもね、ずっと引っ掛かってたのよ。あんたの初めての相手は実はあたしじゃないんじゃないかって。あの夜のあんたの行為、とても童貞とは思えなかったからね。で、都合良く最近利恵先生から電話があったから確かめたの。あんたにも」
「そう……か」
「あたしもすっきりした。ありがとうね。今のあんたの気持ち、いつか利恵先生に伝えられるといいね」
「先生は今?」
「現役の中学校教師をやってるって」
「中学? 高校じゃないのか」
「そう。高校生を見たら、あんたとのことを思い出して辛いから」
「ええっ?!」
「嘘よ」
「驚かすなよ」
遼はまた大きなため息をつき、ようやく寂しげに笑った。
海晴はその時、利恵がいとこの剛と結婚してこの町に住んでいることについては、敢えて遼に話さなかった。
――そしてそれから三年が経った。