キョウゴ-3
俺は直ぐに死体と対面した。
あどけない少女の様な面影はなくなっていたが、それは確かに俺の愛した藍だったのだ。
俺の証言で身元が解ったその死体はその瞬間から遺体となった。
服から覗く肌は以前にも増して白さが際立っていた。
『藍……、藍!』
俺の呼び掛けに彼女が応える事はない。
『実家の薬局を継いだんじゃなかったのかよ?!何で藍がこんな事に……!』
俺は二度と動かないと分かっている彼女を問いただした。
俺は自分の無力さに腹立たしさを覚えた。
あの時、俺が違う道さえ選んでいれば彼女がこんな目に遇うことはなかったかも知れない。
俺は彼女の細い指を握り締めた。
その指は驚くほど冷たく、その体が二度と暖かさを取り戻さない事を俺に知らせた。
『藍……、どうして??』
俺の瞳からは溜め込まれた涙が一気に溢れだし、頬を伝った。
『話してくれ…。どうしてこんな事になってしまったんだ??』
一体何が彼女をこうしてしまったのだろうか。
彼女は薬剤師として決して許されない事していた。
しかしそれは5年前の彼女からは想像も出来ない事実だった。
俺は藍に何もしてやれなかった。
藍をこんなふうにしてしまったのは自分の責任ではないか??
俺はひたすら自分自身を責め、冷たい藍の体の傍らで夜を明かした。
空がしらみ始めた頃、俺の元に目黒署の刑事が現れた。
「女性の所持品の中に、手紙がありました。これはコピーですが。」
そう言って俺に紙を手渡すと刑事はそのまま部屋を後にした。
俺は変わるはずのない藍の顔を覗き込み、そして渡された紙に目を通す。
【 恭吾へ。
私達が別々の道を選んでからもう5年が経つね。
あれから私は随分変わってしまいました。
もう今の私は、彼方の知っている私じゃなくなってしまったの。
けれど、彼方が昔と変わっていない事を祈って手紙を残します。】
手紙には、俺が麻取として東京にいる事を以前から知っていたという事や、彼女がどのようにして向精神薬の密売に携わっていたのか、何故に彼女が密売に手を染めたかが事細かに記されていた。
彼女は脅迫を受けていた。
従わなければ、家族の命は無いと。
以前から何か新しいシノギを立ち上げようとしていた地元の暴力団達が、薬剤師となって戻ってきた藍に目を付けたのだった。
地元で当分のシノギにあてる向精神薬を流させた後、ほとぼりを冷ます事も兼ねて彼女を東京へやった。
【もし、私が法の裁きを受けるべき時が来た時は彼方の手で捕まりたい、けれどそんな馬鹿な我儘も叶いそうにありません。
今私に薬の調達をさせている店のオーナーは、もうじき彼方達麻取による摘発がこの店に及ぶ事を予期しています。
元締の組が怖くて逃げる事が出来ないオーナーは、自分の罪を軽くする為に、きっと最後まであがくはずです。
そしてその時、きっと私は死ぬ。
私は色々な秘密を知りすぎてしまった。
本当にごめんなさい。
こんなカタチで彼方と再会したくはなかった。】
俺の瞳からは再び涙が溢れた。
手紙はこう閉め括られていた。
【恭吾、彼方は優しい人だから、きっと自分を責めてしまうでしょうね。
けど、彼方が自分を責める必要なんて無いの。
悪いのは全て、私が弱かったから。
どうか、恭吾は強く生きて下さい。】