パートナー-1
休職の手続きを早々に済ませておいたのは良かったと思う。
仕事に復帰する気持ちは、積極的にあるわけがなかった。思い浮かぶのは、偶然出会った同僚への気兼ねと申し訳なさ、復帰し再会する際の陳謝その他のつらさばかりで、不思議と将来への具体的な生活の心配はない。尤も、将来に不安しかないのだから、それは当然なのかも分からない。
リディヤは私個人と顔の見えるチャットをしたがった。しかし私は言葉の壁を言い訳に応じないでいた。
体のどの部分を取っても、どこをどれほど拡大して見つめても、リディヤは美しかった。この関係の壊れるとき、悲嘆に暮れた私は死ぬのだろうか。嫌われるしつこさを恐れながら、君の全部が欲しい、ずっと一緒にいたいと書いて送った。リディヤは無視せず、驚くこともしないでその返事に
「もう見せる所ないけど、どうしたい? うちの住所、あたしのはこれ。」
「何か送る?」
「うちにハジメが来て。そしたら会える。お金あるでしょう?」
「行きたい。でも今は病気。」
チャットをしてしまった自分に後悔した。やり取りには消耗してしまう。
「お金欲しい?」
こういう子はお金を欲しがるものだという先入観があった私が何気なく書いてしまった言葉に
「何の話?」
恥じ入って私は
「たとえば君の着た服が欲しい。送ってほしい。」
「どうするの? 」
下着という単語を知らなかった私が英語で仕方なくpantyと書いてみると、文字を見ながら唇を動かして、リディヤは真剣に発音を確かめていた。やがて口元から美しい笑顔が広がった。
「分かった! 髪の毛も切ってあげる。でも自分の服がなくなると困る。」
「だからお金を送ってあげる。他にも何か送ろうか。」
話の辻褄が合わせられたと私は内心ほっとしたが
「お金は見つかったら叱られる。あたしが要らない古い服送るから、同じようなもの送って。」
私は本気で、見返りなく、ただ、金をリディヤに送りたくなっていた。
「君は私の娘だ。」
「ううん、娘と父親はこんな事しないの。あたしたちは、パートナー。」
パートナーという言葉が私は好きでなかった。それは分担者の意味だ。恋人と言うのに比べて、よそよそしくもあり、それが人生の分担者を表すなら、むしろ気取った甘えを感じさせる言葉だと私は思っていた。
「何のパートナー?」
わざと私が大人気なく聞いてみると、白い裸のリディヤは女性器を大きく広げて見せ
「ここ!」
と言った。体を補うパートナーとは、男女の本質的な話だ。誰でもそれじゃ同じじゃないかと、大人同士なら口を挟むのだろうが、リディヤの素朴な素直さに、珍しく笑いのこみ上げた私は、そこを近づけたままのリディヤに向かい、ありがとうと書き送って画面を閉じた。
そこで私の体力は尽きてしまった。頭痛に似た重苦しさが私の全身を押さえつけていた。リディヤが私には足りず、私がリディヤには足りていない。しかし、リディヤに期待することも、所詮は礎の無い夢の儚さなのだろうと思われた。