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◇
「葉月」
背後から呼ばれた声に、麗子は立ち止まって振り返った。
途端に、少しだけ胸が高鳴る。
「河野さん……」
少しだけ息を弾ませた河野は、ワイシャツを腕まくりした無防備な姿で駆け寄ってきた。
学生時代はラグビーでその名を馳せてきたという彼の、筋肉質の腕がニョキ、と顔を出している。
そんな大きな身体にふさわしい、男らしい精悍な顔立ち。
それなのに寝癖のように跳ねた癖っ毛のあるヘアスタイルがあどけない。
麗子よりも少し年上の、30半ばだというのに彼のそんな所が可愛くて、麗子は嬉しそうに目を細めた。
「どうしたんですか、そんな慌てて」
「お前の企画、通ったんだよ」
「え、嘘!?」
思わず口に手を当てて叫びそうになる麗子を見て、河野は嬉しそうに何度も頷いていた。
「お前のメニュー、社長がすごく気に入っててさ。他にもコンペでいい奴あったんだけど、最後はきっとお前のが採用されると思う」
ジワリ、と目の奥が熱くなる。
多忙な仕事の合間を縫って、何となく書き上げた企画書。
それがこの河野の目に留まり、強い推薦でもってコンペの参加が決まった。
子供の落書きのような走り書きが、彼の指揮の元で作ったチームの手によって、どんどん形になっていく。
それが実を結んだということは、麗子だけではない、品質開発部にとっても大いなる快挙であった。
しかも、あの河野が嬉しそうに自分を褒めてくれている。
それだけで、麗子は嬉しさのあまり泣き出しそうになっていた。