②捜査本部-2
「４月20日の夜11時半ぐらいに商店街を歩く直美を見た。本屋の方向に向かっていた。」呉服屋の奥さんの証言だった。
多摩川はあまりにも都合の良すぎる証言で捜査員の誘導も感じたがすぐに逮捕状を請求した。
尋問に対する直美の供述は一貫している。
「午後8時に閉店し店の従業員二人と食事に出かけ午後11時ごろに帰宅して就寝した。」とぶれない。
「嘘をつくな。11時以後に商店街で目撃されているんだよ。」
「それは何かの間違いです。」の一言を最後にまた黙ってしまった。
拘留期間を延長して必死に攻めたが完全黙秘だ。
「深夜に商店街で見かけた」の証言だけでは起訴に持ち込めないのは分かっている。
並行して久永の持ち物の徹底調査を行っているが進展はない。
権藤企画との契約書や領収書はきっちり保管しているのに100万円分に関しては何も出ない。
メモ書き程度の小さなノートがあるだけだ。
Mなる人物と久永は口約束だけで金銭の授受を行うほど親しいという事になる。
だが全て状況証拠だ。このままでは再度の拘留延長は出来ない。
多摩川は直美の懐柔策に方針を変えて愛人の久永を誉めまくった。
「彼は商店街の為に私財を投げうって活動していたんだってね。金に困っていなかったかい？」
「店の子を食事に連れて行くってなかなか出来ない事だよ。月に何回ぐらい行くの？」
全てを無視されどうにもならない。
そんな時、拘留した時に採取した直美の指紋と同じものが金属バットから見つかったとの知らせが入った。
「よしこれでさらに10日間の拘留延長が出来る。絶対に吐かせてやるぞ。」と勢いに乗る。
その時、刑事三課から取調室に来てくれと連絡が入った。警察学校で同期だった林警部からだった。
「ああ、多摩川さん。こいつさっき自首してきた窃盗犯なんだけれど何と４軒の空き巣をやらかしているんだ。
ちょっとここを見てよ。」調書の一部を見せた。
「4月20日深夜、牧村美容室」あの事件のあった日に直美の家に空き巣に入っている。
「という事は家は留守だったという事だよね。」
マジックミラーの裏側に導かれた。
「牧村美容室に入ったのは何時頃だ。」「はい確か11時頃だったと思います。」
「で、なにを盗んだんだ。」「それが奥の居間のタンスを物色している時入り口のドアーの開く音がしたんです。
一瞬の事だったので逃げ場を失いドアーの陰に隠れました。
そっと覗くとこの店の女主人が寝室に入るのが見えました。そして彼女が熟睡するまで待ちました。
1時間ほどして彼女の寝息が聞こえたので静かに寝室の前を通り外へ脱出しました。何も盗んでいません。」
多摩川は取り調べ室に回り尋問させて貰った。
「4月20日は間違いないのか？」「はい。4月21日が妻の誕生日でプレゼント用のネックレスを狙って入ったんです。」
どこから尋問しても11時から1時間ほど直美と同じ家にいた事は揺るがない。
彼が窃盗を行っていないという供述が直美のアリバイ証明になってしまった。
呉服屋の証言、金属バットの指紋などの証拠らしきものもあるが鉄壁のアリバイの元にはそれは無力だ。
翌日からまた地道な捜査が始まる。もう一度久永の自宅を徹底的にに洗い直してみようと考えている。