第三話-17
「──なあ、由美。一千万円が手に入ったら、どうする?」
陽気な口調で、金城は訊いた。
既に、その表情には、大金を得た時の笑みが浮かんでいる。
「何でもいいよ。○○ちゃんと一緒なら。」
「それにしたって、一千万円は、ちょっと安過ぎだよな!もっと吹っ掛けてやりゃよかった。」
「無理だよ。一千万円でさえ、三日は掛かるって言ったんだから。」
「そんなもんかなぁ。」
由美にとって、身代金はついでの事でしかなく、真の目的は別にあった。
他人を惹き付ける容姿に裕福さ、そして幸せで充実した生活と、由美にとって史乃の存在そのものが、羨望の対象であった。
そんな全てを持つ史乃を滅茶苦茶にし、自分以上に辛く惨めな生活に貶めてやりたいという一心が、拉致、監禁へと導いたのだ。
午後四時──。史乃を乗せた車はアパートの傍に停車した。
裏通りの狭い路には、雨のおかげか、一人っ子一人歩いていない。車の後部に拘束されている史乃の傍に、再び由美が近づく。
その手には、大きめのナイフが握られていた。
「今からアパートに移るから、足の拘束を解いてあげる。移動の間、口唇にガムテープは可哀想だから貼らないけど、変な声を挙げるんじゃないわよ。
私だってあんたを、これで刺したくないんだからさ。」
首許に、ナイフの刃が食い込む。史乃は恐怖に目を剥きながら、黙って頷くしかなかった。
ナイフはゆっくり首許を離れ、胸から腹部、太ももへとなぞって行き、両足を束ねていたガムテープを切り裂いた。
「さあ、これで歩けるわ。行くわよ。」
由美は、史乃の背中にナイフの切っ先を突き付けた状態で、ぴったり寄り添いながら車外に降り立つと、自室目指して階段を一つ々登っていく。
歩みを進める度、背中に切っ先が食い込む。史乃は初めて、自分が死と直面している事実と対面し、震えおののいた。
(お父さん。お父さん、助けて……。)
廊下を渡り、部屋に入った史乃は、目を疑った。
トロリー・バッグが開いた状態で床に置かれ、中身の服や化粧ポーチ、下着に至るまで、無造作に散らばっていたのだ。
「何で……。何で、こんな事をするの。」
「決まってるじゃない。財布を探してたのと、あんたと私の違いを、確かめたかったからよ。」
由美は、憎しみを込めて言った。
「──どれも、ちゃんとしたブランドの服に下着。それに化粧品もね。
私なんて、服は商店街の特売品、化粧も百均で揃えた物ばっかり……。」
史乃の中に哀しみが宿る。友人のように振る舞っていた同級生が、実は相手に嫉妬し、私怨を抱かせてたとは。