第三話-16
午後三時──。正午を過ぎた辺りから空に暗雲が立ち込み始め、とうとう泣き出してしまった。
「くそっ!降って来やがったか。」
ウィンドウ・スクリーンを流れ落ちる水滴を、金城は恨めしげに見つめた。
「せっかく、二時間も掛けて磨いたってのに。」
車を改造し、威圧的な外観を施した金城の車は、痩身で肉体的劣等感を抱く彼の中に、存在する好戦的な部分の源泉となっていた。
金城自身、車は綺麗に保たれた外観こそ必須だという神経質さがあり、それは外観だけに止まらず、紫色のファーを貼った内装やブラック・ライト等、この男が如何に“自己愛の強い虚栄心の塊”であるかを、如実に表していた。
「おい!そろそろ、お前のアパートに戻ろうぜ。痒くてたまらねえ。」
金城は不機嫌そうな顔で、助手席の由美に思いをぶちまけた。
史乃を気絶させた由美から連絡が入ったのは、本日未明だった。
それからアパートに赴き、一時間余りを掛けて史乃を二階の部屋から車に運び込むと、父親である寿明に身代金要求の連絡を取り、夜明け前に、アパートから車で三十分ほどの距離にある貨物港近くの駐車場に車を停め、およそ十二時間を経過していた。
その間、車の座席に座りっ放しな上に、食事やトイレに不便な場所な為、金城は苦痛を訴え出したのである。
「ダメよ。アパートなんかに行ったら、余計に怪しまれるじゃない。」
由美は、訴えを論外だとばかりに拒絶を示すが、金城は持論を引っ込めるような男ではなかった。
「後、二日間も風呂なしで過ごせってのか!?冗談じゃないぞ。俺の車が臭くなっちまうだろが。」
尋常でない金城の怒り方。由美にとって「二日間風呂無し。」は日常茶飯事な事だが、価値観の違いを貫いて仲違いするのは本意ではない。
「判ったわ。取り引きまでの間、アパートで待ちましょう。その代わり、車は別のところに停めて来てよ。」
「近くのスーパーの駐車場でいいだろ。」
史乃を乗せた車は、再び、アパートを目指して走り出した。
由美が金城と知り合って一年経つ──。彼女が専門学校に入学して一月程後、ちょうどガールズ・バーでバイトを始めた頃だった。
金城は以前から店の常連客で、入ったばかりで慣れていない由美に優しく接し、時折、客目線から接客のイロハを教えてくれるという、由美にとっては上客だった。
知り合って半年後に事態は一変する。二ヶ月前から店の外でも会う間柄にまで進展していたが、遂にこの日、肉体関係を持つようになった。
由美も、中学生の頃から“そういう経験”を重ねてきたから、ホテルに誘われても異存はなかった。
ところが、金城によってもたらされた快感は、由美が経験した男たちを遥かに凌駕するほどで、彼女はたった一度で肉欲の虜となった。
そこからだ──。由美は月に二、三回、金城と会う度にセックスに溺れ、その代償として幾ばくかの金品を渡すようになったのは。
只でさえ、家計が苦しい為にバイトをしているのに、これでは、生活そのものが崩壊しかねない。由美も頭では判っているが、友人もいないこの街で、最初に優しく接してくれたのが金城で、金城とセックスをしている時だけ、由美は辛い現実から離れる事が出来た。