第三話-14
山本の一斉送信から僅か二時間後、事態は進展を見せる。早くも、史乃が乗せられているであろう車が特定されたのだ。
「──車種は、ト○タのハ○エース。色は黒か黒地にラメ入り塗装。外観は……。俗に、拉致車と呼ばれる類いで、前席以外のサイドに窓がなく、前席もスモーク仕様の為、中を伺い知ることは出来ない。
尚、ナンバーは……。」
第一報から十分程経つと、報告が複数件寄せられ、その全てが同一車種、同一ナンバーを知らせるものだと判ると、山本は次に警察関係者だけにしぼり、車種とナンバーの照会を依頼した。
そうして、銀行が開業する午前十時までに、犯人であろう人物の特定を完了させていた。
「男の名は、金城○○、二十四歳。住所は──。」
山本は、事務的な口調で犯人像を伝えていく。
「──前歴が、ひったくりに婦女暴行で、十四歳で少年院。それからコンビニ強盗数件に大麻所持で、刑務所に合計三年半。
一年前に出所したが、両親はおろか親戚縁者にも絶縁され、現在は“犯罪者差別をなくす会”なる怪しげな団体に身を寄せ、道端をプラカード持って練り歩き、喚き散らすデモに参加する報酬が、主な収入源のようです。」
「なるほど。自分の犯した過ちを棚に上げ、不幸な境遇を社会のせいにする“甘えかぶり”の典型のようだな。」
「ええ。まったく仰有る通りですわ。」
二人の目に、怒りの炎が点る。
「彼には是非とも、社会的制裁を与えてやりたいものだが、大した刑期になるまい。」
「拉致監禁、誘拐を含めても、十年程で出てくるでしょう。」
「だとすると、三十歳半ば。私と史乃は今後、何十年もの間、怯えて暮らす事になるんだな。」
罪を犯した者が、刑期中に自省する場合もあるが、中には、刑に服す事になった理由を被害者のせいだと逆恨みし、出所後、報復を企てるような歪んだ精神構造を持つ者も確実に存在し、金城の性質を鑑みると、明らかに後者だと思えた。
そうなると、寿明と史乃は今後、金城の報復から逃れる為に、住居を転々とする生活を強いられるだろうし、それでも、完全に安全を担保出来るものではない。
「──だからと言って、このまま身代金を払えば済むとも思えない。特に史乃は、金城の顔を見ている可能性が高いのだから。」
身代金を得た金城が、犯罪を完遂させようとすれば、接触する人間は少ないほど良い。そういう意味から、史乃の存在は邪魔であり、殺害する事で逃亡の時間稼ぎにもなると考える筈だ。
前門の虎、後門の狼とは正にこの事で、どちらに進もうとも寿明と史乃にとって、被害は甚大と言えた。
「それでも、金城を捕まえて、然るべき刑に服させるべきだと思う。」
「私の方でも、彼と非営利団体の関連を雑誌に取り上げる事で社会的制裁を加え、先生への援護になるよう努力しますわ。」
寿明の腹は決まった。
早速、銀行に連絡を取り、融資係の担当者を通じて融資の話を持ち掛け、一時間後に副支店長と合う約束を取り付けた。
「これでよし。直ぐに、準備に取り掛かるよ。」
「私も出社して、金城について、もう少し掘り下げてみます。」
「判った。何か有ったら、連絡するから。」
山本は、寿明の自宅を後にした。
寿明は、手早く朝食と洗面を済ませるとスーツに着替え、融資に必要な書類等を鞄に押し込み、銀行へ向かうべく車に乗り込んだ。
幹線道を走らせる表情に、生気が漲(みなぎ)っている。遂に計画が実行に移され、そこに遂行者として携わっている事に、心躍らせる自分がいた。