B-6
「──じゃあ、先ずは○○社に行くか。」
スケジュール帳に目を通しながら、行く先を伝えたのだが、吉川からは何の反応もない。
「どうした?」
不可解に思い、隣に目を向けたところ、吉川は情けない顔でハンドルにもたれ掛かり、外を見つめていた。
(こいつ……。又かよ。)
まるで、余命宣告を受けた重病患者のように打ちひしがれた表情──。吉川が、こんな顔をする理由はたった一つ。長岡に関する事しかない。
何時ならも無視するか、当たり障りのない言葉でやり過ごしてしまうのだが、昨日の持論合戦が頭の中を掠め、そうする事を止めさせた。
「──吉川。運転替われ。」
俺は車を降りて運転席側に回ると、吉川を助手席に座るよう促す。
「どうしたんです?」
俺の行動が不可解なのか、吉川は目を丸くして訊いて来た。
「何が?」
「急に運転するなんて。」
「俺の指示が聞こえていない今のお前じゃ、運転出来る精神状態じゃない。それだけだよ。」
吉川は一瞬、憤慨した様子を見せたが、直ぐにさっきの情けない顔になり、項垂れてしまった。
「すいません……。」
「気にすんな。人間、生きてりゃ色々と有るからな。」
落ち込んでる理由を聞いてやろうかと思ったが、それは行き過ぎと言うものだろう。
(それに、俺が、長岡の件に関して彼是いう資格はないからな。)
お互いに言葉を発せず、車内が気まずい雰囲気に包まれる。俺は車を発進させて駐車場から一般道へと進めると、開口一番、こう言った。
「昨日は、すまなかったな。」
この際だから、昨日の過ちを改めておこう。
「──俺の持論を押し付けるような真似をしちまって。それに、俺の替わりに残業してもらった事も、助かったよ。」
相手が弱り目の内に謝るのは卑怯な気もする。が、拗れたままの関係では、仕事にも支障が生まれてしまう。
そんな俺の意を汲んでくれたのか、吉川は直ぐに謝意を受け入れてくれた。
「いえ。僕の方こそ意固地になっちゃって……。それより、先輩、話を聞いてくれますか?」
まるで、捨て犬が新しいご主人を待つような眼差しで、吉川は、悲しい胸の内を吐き出そうとする。
「ああ、言ってみろよ。」
「実はさっき……。」
思った通り、情けない顔の原因は長岡であり、それも、俺が、注文メールの処理に時間を割いていた時間に総務への提出書類を届ける際、思い切ってアプローチを試みたという。
すると、何時もは温和な調子で話をはぐらかす彼女が、この時ばかりは膠(にべ)もなく断ってきたそうだ。
「──それに、彼女は「付き合ってる方がいますから、そういう話は辞めて下さい。」って。」
「なるほどねえ。」
ファースト・ベースさえ踏めずに落ち込んでいた男が、勇気を振り搾ってデートに誘ったが、取りつく島さえ無かったという訳か。
(白黒はっきり言うのは、あいつらしい。)