雨の夜-7
「…好きです」
平野の腕の中は居心地がいい。太腿の辺りにまだ硬いものが当たっているのは気になるが嫌ではなかった。
「一真さん、煙草吸わないんですか?」
名前で呼ばれたことに、平野は満面の笑みを見せてくれた。それだけで、こちらまでほっこりとした気分になる。元夫は嫌煙家だったが、平野は愛煙家だ。
「だって夏乃煙草吸わないでしょ?」
「実は吸います」
「えぇっ?そうなのっ?今日イチびっくりしたっ。って今日になって数時間か。いやでも、夏乃がここについて来てくれたことよりびっくりした」
目を真ん丸にして驚いてくれるあたりがまた可愛い。こうなってみて、というか2人で飲み始めてからと言うべきか。どんどん平野に惹かれていくのを夏乃は自分の中で素直に認める。こんな気分、本当に長いこと忘れていた。
「そこまで驚かなくても」
「いやびっくりだよ。だって飲み会でも吸わないでしょ?」
「そうですね。会社の飲み会では吸いませんけど。昔からの友達とかと飲みに行くときは吸いますよ」
「図々しいかもしれないけど、それってオレには気を許してくれたって受け取ってもいい?」
はい、と頷くと力強く抱きしめられた。
「超嬉しい。でも今は煙草より夏乃が欲しいな。少し横になろうって自分で言ったばかりで申し訳ないんだけど」
段々と声が甘くなり、背中に回されていた手が妖しく動き始める。一般的に男性は一度果ててしまうとなかなか回復せず、人によっては賢者タイムと呼ばれるゾーンに突入するらしいが、平野はまだ放出していないし、夏乃も一度イったとはいえ、少し時間も経って平野を受け入れられる程度には回復している。まして久しぶりに快楽を与えられた素肌を撫で回され、熱く硬いものが当たっているとなれば、簡単にスイッチが入ってしまう。具体的には何も求められていないのに、夏乃はそっとそれに触れた。平野は目を閉じ、されるがまま。
「夏乃の手、気持ちいい。もっとして」
最中にこんなに名前を呼ばれたことも記憶にない。もっと、だなんて要求されたのも遥か遠い昔のような気がする。平野は夏乃の名前を呼びながら、胸を刺激し始めた。夏乃の身体が、声が、反応する。自分でも足の間が潤んでくるのがわかる。恥ずかしい。でも気持ちがいい。
「夏乃また濡れてる。濡れやすいんだね」
何かを感じ取ったのか、平野の指が入り口の辺りをなぞり始める。夏乃が声を上げると、満足そうに笑った。
「夏乃はここと中、どっちが好き?」
「…中、です…」
喘ぎながらも躊躇いがちに答える夏乃の頭を、もう片方の手で撫でる。
「こうしてる時くらい、敬語じゃなくていいから」
苦笑いしながら、指を中に侵入させてきた。一番夏乃が弱い部分を簡単に見つけてしまったらしい。そこを重点的に攻められ、声を押さえようと噛んだ手を強引に離す。
「もう、駄目でしょ?傷ついちゃうよ?声聞かれるのイヤならキスして」
指での攻撃を止めない平野の唇に、自分の唇を重ねると、平野はキスした状態で、いいコだと囁く。それが引き金になり、夏乃はまた絶頂を迎えてしまった。
「もうダメ。夏乃の中入りたい。ゴムどうする?」
酸素を求めて荒い呼吸をしながら、夏乃は激しく首を横に振った。お風呂場で受け入れてしまっているし、万が一中で平野が果てたとしても、幸か不幸か妊娠の心配はもうない。
平野は夏乃の足を大きく拡げると、そのまま侵入してきた。
「痛みはない?」
どこまでも優しい平野に、涙が出そうだ。こくりと頷くと、平野はゆっくりと動き始めた。ゆっくりなのに、恐ろしいほど気持ちがいい。名前を呼ばれ、深いキスを繰り返しながら、下の口で平野を味わう。どんどんスピードは上がっていき、夏乃は快感に振り落とされないよう、平野にしがみつく。
「夏乃、気持ちよすぎ。もう出ちゃいそう」
うっかりこのまま中で、と言いたい気持ちをぐっと堪え、夏乃が頷くと、平野は更に腰の動きを加速させる。もう出ちゃいそう、という言葉とは裏腹に、夏乃が三度目の頂点に上り詰めたのを確認してから、平野はソレを抜き取ると、夏乃の腹部に白濁液を放出した。
荒い息のまま、後始末をした平野が夏乃の隣に横たわる。暖房と、風呂で温まったのと、激しい運動とで2人とも汗ばんでいたが、抱きしめられてもイヤだとは思わなかった。むしろ、平野の肌に触れていると安心するとまで思えるようになっている。
「何だか不思議だな」
2人とも呼吸が落ち着いて、ソファへ移動しペットボトルの水を分けあって飲んでから一服。
「不思議?」
「いや、こうして夏乃と並んで煙草吸ってるのも、部下とエッチしちゃったのも。あ、また耳まで真っ赤。しちゃった、って表現悪いか。でも夏乃が来た頃からずっと夏乃のこと気になってた。まさか受け入れてもらえると思わなかったけど」
夢じゃないよなぁ、と言いながら夏乃の髪に触れる。
「私もまさか一真さんに誘われるとは思わなかったです」
「これでおしまいとか、言わない?」
「おしまい?」
「うん。出来ればこれから先も夏乃とこういうことしたい。こういうことだけじゃなくて、異動してからも飯一緒に食ったり、何処かに出掛けたり。もちろん、夏乃さえよければだけど」
夏乃を自分の肩にもたれかけさせ、髪を撫でながら平野は言う。
「私でよければ是非」
「夏乃がいい。夏乃じゃなきゃ嫌だ」
駄々をこねる子供のような平野の頬にキスをする。
「私も一真さんがいいです」
「夏乃にそんなこと言われたら、すぐに回復しそう」
煙草の火を消すと、そのままソファに押し倒される。こうして雨の夜は更けていった。