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雨の夜
【OL/お姉さん 官能小説】

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雨の夜-1

「山本さんは終電何時?」

 改札へ向かうエレベーター。いつの間にか山本夏乃(ヤマモトカノ)の後ろに立っていた平野一真(ヒラノカズマ)に話し掛けられ、肩をびくりと震わせた。

「あと30分ちょっとです。平野次長、今日は電車でお帰りですか?」

 内輪だけの飲み会は、平野の送別会を兼ねていた。二次会になだれ込み、いつもならバスで帰るはずの平野と、職場の最寄り駅近くに住む新婚の田中陽花(タナカハルカ)とは、さっき駅の入口で別れてきたばかりだ。

「ん?バスだけど、もしよかったらもう一杯付き合わない?」

 いたずらっ子の子供のような笑みを浮かべた平野に、思わず頷いた。終電を逃してもタクシーで帰れば済む話だ。結婚していた頃はここから電車で1時間、そこからも車で20分はかかるような所に住んでいたが、今は電車で2駅目の駅前、ここからタクシーで帰っても15分かからない所に、夏乃は一人で住んでいる。

 かなり長いエスカレーターを上りきって、Uターンする。

「30分だったら、駅に近いほうがいいよね。どこかいいお店知ってる?」

 夏乃より数年前に異動してきた平野は、あまりこの辺りに詳しくはないという。

「ほぼ地元なはずなのに、私もあんまり詳しくないんです。こっちに帰ってきてから飲みに行くのは職場の方たちばかりですし」

 離婚とほぼ同時にこの会社に中途採用されーむしろ離婚する為に就活していたとも言えなくはないー、しばらくは都内で一人暮らしをしていた。諸事情により特例措置で管轄の違う今の職場に、元上司である陽花の夫の尽力で配属してもらえたのを機に、地元であるこの街に戻ってきたのは1年半前。

「じゃあ、オレの行ってみたかった店でもいい?」

 夏乃がもちろんと頷いた頃、ようやく先ほど別れた駅前ロータリーに辿り着く。一軒目の馴染みの居酒屋に着く前から降り始めた春雨は、日付を跨ぐ間近になってもしとしとと降り続いていた。手に持っていた自分の傘を夏乃が開くよりも先に、平野は大きめのビニール傘を広げ、夏乃のほうに差しかけたかと思えば、夏乃の腰に手を回して歩き始めた。
 エスカレーターで話しかけられた時同様、夏乃の肩は小さく震えた。それを感じ取ったのか、平野は穏やかに微笑む。

「寒くない?」

ーいや、びっくりしただけです。とは言えなかった。いい加減お互い酔っぱらっているのだろう。

「さすがに少し肌寒いですね」

 まだ春と呼ぶには少し早いのかもしれない。夏乃はグレーのニットと紺のフレアのロングスカートの上にマウンテンパーカーを羽織り、平野はスーツの上に薄手のグレーのダウンを着ていた。平野のスーツ姿しか見たことはないが、いつも趣味がいいなと感心していた。シャツにしても、ネクタイにしても。

「濡れちゃわない?もっとこっちおいで」

 そんな言葉と共に引き寄せられ、距離はまた近づいた。ほぼ、密着しているといっても過言ではない。上司と部下といった距離を完全に越えているとは思ったが、不思議とイヤだとは思わなかった。
 平野は畑違いの部署からやってきた夏乃の面倒を当初からとてもよく見てくれて、今日の一次会でも二次会でも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。夏乃よりも10歳は若い陽花が途中合流してからは、どっちが夏乃のオーダーを頼むかで争い出し、陽花と一緒に遅れてやってきた寺島係長に苦笑いされる始末。
 夏乃は、そんな平野に好感を持っていた。クマの縫いぐるみのようなフォルムも、一緒に仕事をしていて感じる包容力というか、人としての器の大きさというか。低めではあるが、穏やかでどこかホッとするような声質も。この人が上司でよかった、という域は越えない程度の好感ではあったけれども。

 平野が連れてきてくれたのは、ビルの地下にある個室居酒屋だった。ライティングもそれぞれの個室も隠れ家風居酒屋と謳うだけあり、カップルで来れば女子受けはよさそうな雰囲気だ。
 案内されたのは、2人用の個室で、若干こじんまりとはしている。一軒目でもいつものように平野は夏乃の隣の席にいたが、それよりも距離が近い。

「山本さん、何飲む?」

 一軒目でもビールから始まりかなり飲み、二軒目のラーメン屋でもお腹いっぱいといいながらレモンサワーを3杯流し込んでいる。男性陣のほとんどがラーメンを頼む中、夏乃は陽花と平野とチャーハンを分けあった。ここでも陽花と平野はどちらが夏乃にサーブするか争っていたのだが。

「チャイナブルーにします」

 平野は少し迷っていたようだが、レモンサワーに落ち着いたらしい。もう2人ともお腹いっぱいではあったが、つまみにとカナッペをオーダーする。本日3回目の乾杯をした。

「山本さんにはすごくお世話になったし、バレンタインのお返しもしてないし。一回ゆっくり二人で飲んでみたかったんだ」

 複数ではしょっちゅう飲みに行った。単身赴任組が多く、下手すれば週に2回とか。他の同僚や上司とサシで飲んだこともあるが、思い返してみれば平野とはサシで飲んだことがない。

「お返しだなんてそんな気を使わないでください。お世話になったのはむしろこちらのほうで」

 改めて、あともう少しで平野がいなくなると思うと、寂しさがこみあげてきた。今の職場に比較的早く馴染めたのは、平野と、課こそ違えど同じフロアで働く陽花のおかげだと思っている。

「そんなことないよ。山本さんが異動してきてくれて、本当によかった。仕事覚えてくれるのは早かったし、頼まれたこと以上の出来を心がけてくれてたでしょ?細かいところにもすごく気を配ってくれてたし。いない時の対応とかも安心して任せられたしさ。オレ、異動先で山本さんいなくて仕事していけるかすごく不安」

 好きな声で褒められて、穏やかに微笑まれたらたまらない。今にも泣きそうなくらいの嬉しさ。


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