第一話-6
確かに寿明の言う通り、過剰なダイエットは身体を壊す要因でもある。況してや、女性は我が子に身体を分け与える存在で、十分な栄養を蓄えてないと、親子共々、栄養不足による弊害を蒙る可能性は高い。
しかし、史乃には別の意味で痩せたい願望がある。どうしても、着たい服があることが一つ。
そして、もう一つは、身体の成長と共に、寿明との夢や手淫をする回数が増えてる、性欲が増えてる気がしてならないのだ。
それは、寿明が自慰に耽る姿を偶然、見てしまった事に遡る。熱り勃った陰茎を強く握りしめ、熱に浮かされたように激しくしごき上げながら、寿明は史乃の名を連呼した。
生まれて初めて見た異性の性器。それも平常時のそれとは違う、興奮状態にあるものを。
あの時、史乃も興奮している自分を知り、程なくして手淫を覚えたのである。
最初はシャワーを浴びている時に偶然から。そして二回目は、寿明が不在の時。寿明の仕事部屋に入り込み、匂いが強いベッドに横たわると、寿明とのセックスを思い浮かべながら、手淫に耽った。
自らの性感帯を弄ることで快感を得る──。手淫を覚えた当初は、誰にも知られたくない程、厭らしい行為だと罪悪感を抱き、こんな事をする自分が汚ならしい存在だという嫌悪感が涌き上がり、そして、行為に及んだ後の虚しさに、苛められた。
しかし、それから半年以上が過ぎた現在では、手淫が特別なものではない、誰もが通る道なんだと判っているが、今度は、その頻繁さや思い浮かべるシチュエーションが、異常なのではと不安を抱かせていた。
「ただいまぁ。」
空が朱色に染まる頃、史乃は帰宅した。
誰かに言ってる訳ではなく、子供の頃からの習慣である。母、綾乃が働いて不在勝ちだった事から、自然とそうなっていた。
「さてと、やるか!」
史乃はそう言うと、キッチンの傍ら、フックに掛かるエプロンを身に着け、自分を奮起させるように腕捲りをする。
これから、記念日の料理に取り掛かるのだ。
そうは言っても、手の込んだ料理を作れる程の腕前ではない。彼女自身、母親が作る料理の手伝いをしていた程度で、直に習ったこともなく、寿明と暮らすようになって必要に迫られ、覚えた次第であって、せいぜい、唐揚げやハンバーグ、カレーにシチュー、肉じゃが等、材料を適当に切って味付けするという、手順を踏めば難しくない料理が主だった。
「先ずは、玉子とジャガイモを茹でて、マッシュを用意して……。」
そんな中でも、特に評判が良いのがポテトサラダで、料理サイトを参考にしたものだ。
茹でたジャガイモを潰してマッシュを作るところを、マッシュの素に角切りしたジャガイモを混ぜて食感を残すというのが特徴だが、史乃自身は勿論、寿明が特に気に入っていた。
更に、通常のマヨネーズと塩胡椒による味付けに加え、ヨーグルトやカレー粉を入れることで、さっぱりとした上にスパイシーな一品に仕上げていた。
マッシュは、コロッケやグラタン等、他の料理にも応用が利く食材として、真田家では重宝していた。
「よし!後は冷蔵庫で冷やして……。と。」
一品目を作り終えた史乃は、二品目に取り掛かる。キッチンに並べたのは、鰯に玉ねぎ、ニンニクとローリエだ。
指を使って鰯の腸(ワタ)を取り除くと、軽く塩を振っておく。次に、玉ねぎとニンニクを薄くスライスし、オリーブ・オイルで軽く透き通るまで炒めていく。
(焦がさないように、ゆっくりと……。)
炒めた玉ねぎ等を鍋底に敷き、鰯を上に並べてトマトピューレと水を半々、ひたひたに入れ、軽く塩胡椒してローリエを加えて、クッキング・ペーパーを中蓋替わりにして火に掛ける。これも寿明が好きな鰯のトマト煮だ。
こちらも、味付け以外に盛り付けた料理の上からコンソメ味のポテトチップスを崩して入れてやると、味が染みて更に美味になる。