しりとり-1
私が春風とご飯を食べるのはしばらくぶりだった。春風は暁としての仕事が過密に組まれていたし、私も春風ほどではないけど華燭もそれなりに仕事がある。
当初ラジオとテレビには出演しないと雨水は発表した。それは私の体調やファンからの批判を恐れてだったけれど、その両方ともあまり心配は要らなかった。
体調はすこぶる良かったし、ファンの反応はむしろ好意的だった。
もちろん、まだ私と春風がそういう仲だとは知られて居ないのだけれども。
それで私は今昼間の時間帯にラジオ番組を一本持っている。平日の朝10時からの1時間だけれど人気はそこそこらしい。なんだか、私の話なんて大して面白くないと思うんだけど。
そんな感じで春風と私はすれ違いだった。朝目覚めると私の体を春風の腕が抱いていたり、帰ってくると脱衣場に春風の洋服が脱いであったりした。
だから目の前でスープを飲んでいる春風を見ているのはすごく不思議だった。
「何、見てるの?」
春風が私の視線に気づいてマグカップを持ったままにこりと笑った。いつも通りの綺麗な笑顔。
「なんだか久しぶりだなぁ、と、思って」
普段は寂しいって思われるようで気を使わせそうで絶対に言わないのだけれど、つい口から零れてしまった。それくらい、本当は嬉しかった。
「……そうだね。ごめ」
春風が謝ろうとしたから、慌てて首を振る。
「違うの。嬉しいんだ」
六つ切りにしたトマトをフォークに刺して少し背伸びをして春風の口元にそっと伸ばす。
春風は言葉を止めてトマトを一口で口に含んだ。
「でも、寂しくは無いから大丈夫。だって一緒に暮らせるだけでも夢みたいだし」
春風が咀嚼している間に私もトマトを口に入れた。もうすぐ夏だからか、トマトは物凄く瑞々しくて美味しい。
「夢?」
先に飲み込んだ春風が私に向かってそう言った。私は口の中のトマトを噛み砕いて頷く。
「うん。それに向こうに居た頃には考えられないような仕事に就けてるし。これも全部春風と雨水のおかげだね」
テーブルの中央に盛られたロールパンに春風が手を伸ばす。見たことの無い新しいアクセサリーがキラリと光った。
「それ、かっこいい」
ナイフを持ってミラノフウカツレツに刃を当てながらそう言うと春風はロールパンを持ったまま空中で手が止まった。
「そう?今日の撮影で使って気に入ったから譲って貰ったんだ。あげるよ」
ロールパンを持っていた手の指からその指輪が抜かれて春風の手が私の腕を掴んだ。フォークをお皿に置いてされるがまま手を伸ばすとごつごつしたデザインの指輪は私の中指にはまる。ゆるゆるだった。