one lives two case-2
「いらっしゃいませ」
上品に掛けられる言葉は、居酒屋には似合わない響きだった。どうやらアルバイトの人が昔と変わったらしい。それもそうか、居酒屋で五年もアルバイトを続けるはず無いものね。
思いながらレイを探す。するとそれらしき後ろ姿を見つけた。私は近づき、声を掛ける。
「レイ?」
「うん?」
振り返る顔は、懐かしさをはらむ。
瞬間、五年以上前の記憶が蘇る。
彼が患者としてうちの病院に来たとき、私は彼の病状に興味を持った。
何度目かの個人的な付き合いの後、私は彼自身に興味を持った。
何度と無く交わった夜のなかで、私は彼にとっての唯一の存在になった。
夜にしか生きられないレイ。
日のあたる場所では、決して笑顔を作れないレイ。
内面を吐き出せないレイ。
確かに私は、君に惹かれていたの。
救いたいと思った。けれど救えないとも思った。だからせめて笑顔を見たい、と。
「・・・元気?レイ」
言いながら私は俯く。
やばい、私、泣きそうだ。
「どうしたの?」
「いやいやいや、何でもない」
わざと大きな声を出す。会った瞬間に泣き出したら、再会が台無しだ。
座ってビールのピッチャーを頼んだ。
「相変わらずだね」
レイは言った。
「何で?」
「二人しかいないのにピッチャーを頼むなんて」
「のんべぇですいませんね」
そう言うと彼はうっすら笑う。
「仕事は?まだ深夜警備?」
「・・・うん。そうだよ。変わらず。あ、すこし給料は上がったかな」
「今までが安すぎたのよ」
「あらら、高給取りは違うねぇ」
「残念、今はレイのほうが高給取りです」
掛け合いが終わるのを見計らって店員がビールを持ってきた。互いのコップに注ぎあう。
「それでは、再会を祝しまして」と言って私は立ち上がった。
「やめろよ、二人だけなんだからもっと静かにだなぁ」
「かんぷあああい」私はわざと大声を出した。
「かんぷあああああああい」あ、レイのほうが大きかった。なるほど腕を上げたもんだわ。
「それで、今は何を?」
レイはちびちびとビールを含みながら聞いた。
「実家の近くの病院で」
私はぐいっとビールを飲み干しながら答える。
「あ、そう」
「そうよ」
「・・・良くやる気になったね」
「まぁ、時間が経てばね、忘れちゃう性格だしね」
レイは聞きながら一気に飲み干した。「そんなわけないだろ」
「そんな性格じゃあないよ、君は」
「・・・そうね」
店内は居酒屋らしく学生のグループの群れがあちこちで大声を出している。それらと一線を画すように、レイは落ち着いた声で言った。
「それで、僕に会いに来た理由は?」
「理由?」
私は白々しく聞き返した。
「あるだろう。五年だよ、五年。一度離れた相手に近づくには長すぎる時間さ。それに・・・」
言って私の手を見る、そこにはめられているリングを見る。それは彼がいつかプレゼントしてくれたものではない。彼と別れてから五年の間に愛し合った人からのもの。だからこそ、私たちが再びこうして向かい合っていることに彼はきっと怒っているだろう。
「ごめんなさい」
「別に謝ることじゃない。君は僕に添って生きてはいけない人だから」
「そんなこと」
彼は頭を横に振った。
「僕は君に救われた。それで十分さ、それ以上は過ぎた望みだ」
私は彼と過ごした日々を想った。そこに在ったものを想った。それは確かに今も私の中で多くの部分を占めている。
「君といた時間、それだけは本物だろ?」それで十分さ、その目は言う。
けれど私は彼を救えただろうか?
今も、太陽の光を浴びることの出来ないレイは、本当に救われたのだろうか?
真の闇に、彼を置き去りにして、私は光を浴びた。
本当はそうじゃないと、果たして言い切れる?
恋人のまえに、一介の看護婦として私は彼の前に立つ資格があるのだろうか。