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One lives
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one lives two case-3

私は目を逸らした。
「君が負い目を感じることはないよ。これは僕の問題だから。それで、君の問題は何なのさ?」
「実家近くの病院に勤めているって言ったでしょう?」
「うん」
「そこの患者さんの話なの」

看護婦として初めて、私は精神病患者を診るようになった。そして私が面倒をみることになった患者のひとりに、その人はいた。
「とても特異なケースね」主任は言う。
岬英次、二十三歳。身体的異常は無し。彼はいつも熟睡している。まるで息をしていないかのように、静かに眠っている。担当医でありながら、私は彼が起きているところを見たことが無かった。
それは当直の夜だった。院内を見回りしていると、屋上の鍵が開いていることに気付いた。
不審に思い、屋上に出ると岬さんがいた。
彼は灯りの消えた街並みを見ていた。
頑丈に建てられた金網のフェンス越しに、動きの無い風景を見ていた。その背中に、危うさは感じない。ただ、生気も感じることはできない。
「岬さん?」
声をかけたけれど、岬さんは反応しない。
「岬さん!」
俄然大きな声を出すと、彼はようやくこちらを向いた。
「・・・誰ですか?」
端正な顔立ちに反して、低い声をしていた。
「あなたの担当の看護婦です」
「あぁ、看護婦さんね」
そういうと、彼は興味をなくしたように視線を街並みに戻した。けれど私には焦点を合わせるべき対象が、暗闇の世界には見つけられなかった。
「何を見ているの?」
「別に、あなたが見ているのと同じ風景ですよ」
素気なく答える。
「でも灯りがないから寂しい風景じゃない?こんな夜中じゃ皆寝てるでしょ」
何も言わずに、彼はずっと同じ暗闇を見ている。まるで私がいないかのように彼は一人で
屋上に佇む。
私はベンチに腰を下ろし、その様子をぼんやりと眺めていた。
一時間くらいが経過しただろうか、空はうっすらと明るくなってくる。街並みはいつもの活気を取り戻しはじめ、太陽が「みなさん、おはようございます」と顔を出す。
これが、私の知る『生きた世界』。
岬さんは「そろそろ寝ます」と言って病室に戻っていった。
もしかしたら、彼は。
私は内心考えていた。
彼は、太陽の光を浴びることの出来ない、レイと同じ体質なのかもしれない、と。

「そう・・・それで?」
レイはビールを煽りながら、話の行く末を促す。その眼差しに陰りが見えたのは、たぶん気のせいだろう。

私はそれから、毎日のように岬さんと深夜の屋上に佇んだ。
お互い何を話すでもなく、無為な時間だけが、そこには在った。
彼の背中越しに見る闇の世界。
哀しい哉。あまりにも静の空間に同調した、その姿。
重なる。
かつて私が救えなかったひと。
今でも愛している、その。
「看護婦さん」
岬さんは、初めて私に自ら声を掛けてきた。「何?」
「いくら気を張っても、貴方は私を治せませんよ」
「どうして?」
「治せる類の病気じゃないんですよ、自分の場合は」
英次は空を見上げた。


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