A-4
「大ありだ。落ち込んだ面を間近で見せられる度に、こっちはイライラするんだよ!」
「な、なんですか!その無茶苦茶な言い分は。」
「あれだけの美貌の彼女だ。社内は勿論、近隣の社の誰かが狙っていると噂が立ったって、俺は当然だとしか思わない。
お前みたいに体裁ぶって御行儀良くしていると、機を逸して、他人に掠め取られちまうかも知れないと言ってるんだよ!」
「だっ、僕が、体裁ぶってるとでも言いたんですか!?」
「ああ。お前はフラれた時の事を想定する余り、自分のものにしたいと言う情熱が感じられない。
良い人を演じるばかりで、そこから踏み出そうとする勇気が足りないんだ。」
「それの何処がマズいんです!?同じ会社の人間同士で、気不味くなったら仕事にも支障が出るじゃないですか。」
「だったら最初から……。」
お互いの感情がヒートアップし、最早、後戻りの利かない状況に突入しようとした時、胸ポケットのスマホが震え、間に割って入った。
俺は、未だ反論しようという吉川を右手で制すると、スマホの画面に視線を向けた。果たして、画面に映し出されたのは、会社の代表番号だった。
(誰だ?代表番号なんて……。)
通話ボタンを押し、耳に当ててみると、
「お疲れ様です。長岡ですが。」
耳許で聞こえた声に反応し、昨日の美しい顔が頭に浮かんだ。と、合わせて、電話の意味合いが何なのかを計れずにいた。
「もしもし……。ちょっと藤野君、聞いてるの?」
「あ、ああ、はい。聞こえてますよ。」
「今朝のメール、読んでくれた?」
「え?メールって。」
「今朝、送った社内メールよ。ひょっとして読んでないの!?」
明るかった声が一転、険しくなるのが判った。
発言から察すると、彼女は社内メールを私的に使ったという事か。フランクな題名だったのも、そのせいなら理解出来る。
(とはいえ、怪しいメールだったから消したなんて言ったら、更に機嫌を損ねてしまうな。)
「ちょっと、藤野君。」
「ああ、ええと……。申し訳ありません。そのメールでしたら、誤って削除してしまいまして。」
真実を答えるのは大事だが、正直に全てを伝えるのは愚行でしかない。傷口を最小限に抑える為には、多少の脚色も必要というものだ。
しかし、彼女の怒りは想像を超えていた。
時間にして十秒程の沈黙が続いた後、「仕方ないわね。」と、発した一言は小声にも拘わらず、強い憤りのようなものを感じた。
(そう言えば、あの頃も、不機嫌になると無口になってたな。)
異常なほどの負けず嫌いで感情の起伏が激しいタイプ。にも拘わらず、それを悟られまいと内に隠そうとする──。どうやら既婚者となっても、その性分は十八年前と大して変わっていないようだ。
「──じゃあ、そこに送るから、今度はちゃんと読むのよ。」
長岡は、そう言うと、一方的に電話を切ってしまった。
(取り敢えず、誰からのメールかは判った。)
安堵した俺の隣から、「クレームですか?」という、ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
先程の言い争いで口も利きたくない筈だが、仕事への責任感か、はたまた、他人事に首を突っ込みたがる性分がそうさせたのか。多分、後者だろう。
「ああ、そんなところだ。」
次は、執拗な質問責めかと俺は身構える。が、意に反して吉川は「そうですか。」と、言ったきり、口を閉ざしてしまった。
余程、俺との論争が腹に据えかねたようだ。
(まあ、こっちとしては、その方が好都合だがな。)
意図したものと違うが、望んだ結果を得られた事に、俺は内心、ほくそ笑んだ。
ゴシップ好きの吉川に執拗な詮索を受けるばかりか、おかしな妄想をよって、変な恨みを買う事もなくなりそうである。
(おっと、メールが来たな。)
再び、スマホをポケットから取り出し、届いたメールに視線を落とす。俺は長岡の意図に驚きのあまり、思わず、口許を手で押さえた。