満里子-9
「ねえ、優ちゃん。いつになったら結婚してくれるの?」
「その前に離婚しなくては」
「だから、いつになったら離婚してくれるの?」
「それは相手のあることだから分からない」
「分からないって奥さんと話したの? 離婚してくれって」
「一番最後に会った時に話したよ」
「一番最後って?」
「だから2週間前の金曜の朝」
「朝? 何て話したの?」
「僕が仕事に出かける時珍しく玄関まで送りに来たなと思ったら『もういい加減どちらかを選んで頂戴。貴方は私にセックスのシミが付いたパンツを洗せているのよ』って言うんだ。毎週週末は此処に来て泊まって月曜の夜に向こうに帰るという生活を送っていただろう? そういうことをもうやめてくれと言うのさ」
「それで何と答えたの?」
「『セックスのシミなんか付いてないと思うけど済まないことをしているのは分かっている。今日一日良く考えて結論を出すから』と言ったんだ」
「それで?」
「それだけ」
「それだけ?」
「だから月曜日からもう自宅には帰らなくなっただろう? それが結論さ」
「それじゃあの時私がもう帰っては駄目よって言わなかったら帰るつもりだったの?」
「いや、既に帰らないという結論を出していた」
「嘘。服とか下着とかもあるから戻らない訳にいかないって言ってたじゃない」
「それはだから帰るんではなくて、服や下着を取りに行くだけさ」
「ふん、どうだか。それで離婚のことはどういう話をしたの?」
「そういう話は出なかった。だけども僕が女房ではなくて満里子を選んだということは月曜から戻らなくなったという態度で示した訳だから」
「そんなの駄目よ。もっとちゃんと離婚の話しなきゃ」
「今週の月曜に電話が掛かってきたんで、離婚して欲しいとちゃんと言ったよ」
「そしたら何て?」
「離婚には応じませんって」
「何で?」
「さあ、それは分からない」
「何で聞かないの」
「理由を聞いても意味が無い」
「どうしてよ。理由が分かれば対策も取れるじゃない」
「いや、実は理由は聞かなくても分かっている」
「何?」
「1度結婚したら何があっても離婚しない。死ぬまで添い遂げるっていうのが彼女の考えなんだ。満里子がお洒落に関して強烈な美意識を持っているのと同じように彼女は自分の生き方に関して強烈な美意識を持っているんだ。それで離婚は彼女の美意識に反することなんだよ」
「何で分かるの?」
「それは長年一緒に暮らして来たんだもの。それくらい分かるさ。パンツにシミが付いていたっていうのが本当だったとしたら、彼女には耐え難いことだったと思うよ。家に帰らないということは誰かとセックスしてるに違いないとは思うだろうけど、その痕跡を目にするというのは単なる推測や疑惑とは違って強烈な印象があるだろう? 誰だってそんなのを見れば腹が立つに違いないけど、彼女はそういう視覚的な刺激に病的に反応するんだ」
「それならもっとシミを付けてやれば良かった」
「満里子のシミじゃないさ」
「だからもっと優ちゃんのシミを付けてやれば良かった」
「シミなんか本当に付いていたのかなあ。月曜の朝セックスしたことなんか無かっただろう?」
「セックスしたことは無いけど、優ちゃんが食事している間私がオチンチン吸って上げたことがあるじゃない」
「あっ、そんなことがあったね」
「スケベなんだから」
「いや、本当にやるとは思わなかったから」
優輝は朝はパンだけしか食べない。それは良くないというので、満里子が毎朝野菜サラダとかハムエッグなどを作ってくれるのだが、その朝は満里子は寝坊してパンをトーストするのがやっとだった。パンなんか食べてる暇は無いと言って出かけようとする優輝に無理矢理パンだけ食べさせたのである。ご免ねを連発するので、朝は食欲が無いからいいんだと慰めた。すると今晩食べたい物はあるかと聞くので、今日は月曜だから向こうに帰ると言った。満里子はハッと気づいてそんな日に寝坊した落ち度を余計身にしみている様子なので、優輝は
「それじゃ僕が食べている間オチンチンを吸ってくれるかな。そうしたら何か作ってくれるより余程嬉しい」
と言ったのである。
女房とはそういうふざけたことはしたことが無い。だけれども男だからそういうことをやってみたいと思うこともある。しかし女房にそんなことを言えば火星人でも見るような目つきをするに違いない。それでちょっと言ってみたのだが、満里子は返事もせずに優輝の脚の間に座り込んで言われた通りのことをした。そういうことがあったのである。