時を越えたカミングアウト-2
「そりゃそうだよな。俺たちも、その覚悟はしてきたから、話すことにやぶさかではないんだけど、大ちゃんは知らずして来たわけだから、強要はできないよ」
大信にしてみればとばっちりだ。
内容も良く分からず呼び出された上で、自分たちの性生活を暴露しろなんて、無茶ブリにも程がある。
そもそも真面目な性格で、下ネタには縁遠い大信。更に、奥さんの百合子も、真面目を絵に描いたような良家のお嬢様である。流石に、エロ話の仲間にと無理強いするのは、申し訳ない。
「私だって、そこまで鬼にならないわよ」
奈々子としては、小さい頃からよく知る真面目な大信の一面を知りたいと、少なくない興味を持っている。
が、常識的なことを考えれば、ここで無理強いするなんて、非常識だってことぐらい承知している。
「いや・・・・・・そういうわけでもない・・・んだ」
これまで聞き役に徹していた大信が、口を開いた。
「ええっ!?」
その場にいた全員が、大信の一言に驚いた。
「小さい頃からここに住んでいれば、この街の人たちの生活っていうか、文化って言った方がいいのかな。エッチなことに対する携わり方は、他に比べればオープンでしょ。外から見れば、オープン過ぎるって思うだろうけど。そうであっても、これまで続いてきた考え方は急に変えられないと思うし、変える必要もないと思う」
いきなり弁舌が始まった。
まさか、大信がこんな話をするなんて、誰一人として思ってもみなかったことだ。
「多分、俺のことを真面目だとみてるんだろうなってのは感じる。性格的にも、内向的な方だし、みんなと馬鹿騒ぎしたことも無い。ただ、いつも羨ましいなとは思っていたんだ。だから、悟から連絡をもらった時は嬉しかった」
生まれた時から、この町で育ってきたのだから、先天的な性格があったとしても、周囲に揉まれれば、少なからず影響を受ける。
本当は、皆に混じって「弾けたい」大信であったが、内向的で真面目な性格が邪魔をし、本当の自分を表現できずに、苦しんでいたのかもしれない。
「何度も、下ネタを口にてみようかと思ったことがあるよ」
ずっと心に秘めていたエロに対する葛藤を口にした大信。
「今日、もしかしたらそういう展開になったら、恥ずかしがらずに言ってみようと思っていたんだ」
「スッキリした?」
黙って聞いていた奈々子が、大信に確認した。
「うん。一言発するまでは、すごく緊張したけど、今はスッキリしたっていうより、ホッとしてる」
エロについて話し始めた時の大信の顔は、確かに強張っていた。それが、今は柔らかさも見えている。
「さあて、あの大ちゃんでさえ夜のお話に積極的になってきたんだから、他の方々もそれ相応の覚悟はおありでしょうね」
奈々子は、ゆっくり舐め回すように、臣吾、悟に視線を送った。
「臣吾は、まだ実践していないから、そんなに恥ずかしがることは無いわね。悟は・・・一番不利ね」
自分たち夫婦の夜の生活が、あからさまになるのだ。いくらこの街が性に対してオープンとは言えども、恥ずかしさは拭えない。
「でもね、私のことをスケベな女だと思っているようだけど、まあ〜あなたたちの奥様もそりゃあスケベな人種だからね。知らないかもしれないけど、女たちの集まりでは、もう止まらないくらいのエロトークをかましてるのよ」
奈々子は、自分だけではなく、この街の女たちは皆スケベだと言っている。
「知ってるよ。全部かどうかはわからないけど、どんな話をしているかは、それとなく耳に入って来るし、うちの奴がどんな話をして、どう思われてるかも知ってるさ」
悟夫婦は、女たちの会話を話してくれる。
久美から夫の悟に話が回るということは、逆も然り。悟夫婦の話も、他の夫婦にダダ洩れしているということ。
男同士でそんな話をすることはそれほどないが、互いの家の夜の生活については、女性陣であれば皆知っていると思っていた方が良いだろう。
「そっか。じゃあ、悟は不利でもなんでもないか・・・・・・あ、でも男同士で話しないんだったら、ここのメンバーにはバレちゃうわねぇ」
「別に、かまわないよ。恐らく、それぞれの嫁さんから大なり小なり情報は入るだろうから。この街に住んでいたら、それが普通だって感覚でいる人間の方が、遥かに多いだろうし」
悟は、やや諦め気味に言った。
「じゃ、みんなOkってわけだ」
奈々子が、総意を得たといった感じで、話を進めようとした。
「ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくださいよ。俺もいるんですから」
自分はまだ同意の意を示していないと、透が言った。
「あ、そっか。透もいたのね。はい、どうぞ、お仕事に戻っていいわよ」
至極あっさり、バッサリと透を蚊帳の外に追いやる奈々子。
「いや、いや、俺も仲間にしてくださいよぉ」
このまま仲間外れにはなりたくない透。
「お前だけの問題じゃないんだぜ?優香ちゃんのことがバレちゃうんだぞ」
透の妻、優香は美容師で、隣町の美容院で働いている。
今どきのルックスで、少々派手さを感じさせる。
「うちのは大丈夫っス。逆にそういう方が好きなんで」
「本当かよ。後で俺らが怒られるんは勘弁だからな」
20代半ばの優香は、学生時代はやんちゃで、けっこうな遊び人であったことは多くの人間が知っている。
但し、性格が歪んでいるわけではなく、元々の天真爛漫さが羽目を外し過ぎた感じだ。物怖じしない性格で、年上にも臆することなく、物を言える。時に度を超すこともあるが、彼女の性格を理解しているこの街の人たちなら、いつものことと軽く流すことが日常となっている。
「ああ見えて、その時になるとけっこう従順なんスよ」
透は、聞いてもいないことをベラベラと話し始めた。