亜美-16
「すると基本的には見ていればいいんですね」
「馬鹿。見物するんじゃなくて取材するんだ」
「ああ、ですから取材してればいい訳ですね」
「まあそうだ。だけどどうしても編集部の人でないと厭だ、読者とか他の人では絶対駄目だと言うから、赤尾君と中田君以外の者は呼んでない」
「はあ」
「それで編集部の人間に参加して欲しいと言うのか、見るだけにして欲しいと言うのか一緒にやってくれというのか、良く分からないんだ。まあ、編集部員はどっちにしたって取材しなきゃいけないんだから見ない訳にはいかんわなあ。あちらの要求が無ければ特にこちらから参加する必要も無い」
「分かりました」
「中田君、三脚を持って行った方がいいぜ。自分も被写体になるかも知れんからな」
「はあ」
「カメラはリモコンの付いてる奴がいいだろう。それにブランデーは持ってるかな?」
「ブランデー? 何でですか?」
「それを小瓶に入れて持っていくと、気付け薬に使える」
「気付け薬?」
「例えばウンコを頭からかぶったりすると、気付け薬が必要になったりするんだよ」
「石井君そう脅かすな。それじゃ後は赤尾君と良く打ち合わせてくれ」
「はい」
「今日はちょっと忙しいわよ」
「はあ」
「カメラ持ってついて来て」
「はい」
「マニアの集まりがあるって聞いたんで、取材を申し込んだんだけど主役の女性と事前に連絡取れないから、取材オーケーかどうか分からないって言うの。でもとにかく来るだけ来てくれっていうことなの」
「はあ」
「中田君お待ちかねのスカトロよ」
「うんこですかあ」
「そんな厭な顔しないの」
「はい」
「今は毎号浣腸の記事が無いと売れ行きが落ちるくらい人気があるんだから」
「そういうのって雑誌で見る人はいいですよね。匂いがしないんだから」
「そうね。でも読者は多分反対のこと言うと思うわよ」
「反対のことって?」
「雑誌は匂いがしないからつまらないって」
「ああ、なるほど。好きな人は匂いまで楽しい訳なんですか」
「さあ、楽しいのか嬉しいのか、其処の所は分からないけど」
「いろんな人がいるもんなんですねえ」
「あのね、そういう人が沢山いるからサム・アンド・マリーは採算が取れてるのよ。そんな人は滅多にいないという先入観を持っているみたいに聞こえるけど」
「ああ、言われてみればそうでした」
「そうでしょ? 自分が正常で世の中の大多数の人は自分と同じなんだって思っていては駄目よ」
「はい」
会場になっているのはマニアの1人の自宅であった。本格的なマニアで地下室がプレイ・ルームとなっている。天井にも壁にも床にもあちこちロープを縛り付ける為の環が埋め込んであり、ライトやカメラなども取り付けてある。隅には昨日会員制クラブで見たのと同じ奇妙な椅子があるし、それとはまたちょっと違うベンチのようなものもある。一画にロープや浣腸の器具が所狭しと並べられており、何を入れてあるのか大きなキャビネットもある。床はタイル貼りで水道もある。主人はこの春夫人を亡くしたのだそうで、それまでは夫人を相手に此処でプレイをしていたらしい。今は同好の人達に場所を貸して参加させて貰っており、新しいパートナーを探している所なのだという。いやに礼子と親しそうだったが、礼子は此処で1度M女としてプレイをしたことがあって、以来主人は礼子を何とか口説こうとしているのだそうである。