君と僕との狂騒曲-32
君は倒れながらなにか言った。「なんだか、わかった…これ。」
君が僕を見て、いつか見せた三日月のように甘く笑った。
いつもより潤んだ、溶けちゃったみたいな瞳。涙が一筋、頬を伝っている。
「これは…生きているって、事………なんだよな」
君は眠る直前によくこんな掠れた声を出す。ベッドサイドの灯りを消して、寝返りをうってから羽布団の枕に頬を埋めるお姫様みたいに。
暗闇に慣れた瞳は、君が両腕を伸ばして、かすかに震えているのを感じる。
「……いつだって生きて居るんだろうけど、それには本物と偽物がある」
僕は君の耳に小さくささやいた。それだけでも君は一瞬軽く反り返る。君は過呼吸みたいに、激しく息を吸って、吐いた。その息も震えている。
闇の中で僕は残っている衣服を脱ぎ、君と肌を合わせた。ビロードみたいな君の産毛の肌が君の身体全体を包んでいる。それを後ろから抱きしめると、君の身体がだんだん緩んでゆくのを感じる。そう、これは夢だよ。だから安心していいんだよ。
僕は乾いたタオルで君の汗を拭った。顔に貼りついた髪をうしろに撫でつける。そして君の黒い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「……飲んじゃったの?俺の」
「うん」
「全部?」
「ああ」
闇の中の君が眉をしかめるのを感じた。
僕は君の上にまたがり、腕を立てて君を見下ろした。
「全部、飲むんだ。マキのなにもかも。飲み尽くしてやるんだ」
僕はハイエナみたいな感覚に襲われた。君を全て食い尽くす餓えた野獣。兎を狙う荒野の禿鷹。骨さえ溶かしてしまう劇薬、エタノールに漬けられた君の首。君の全部が僕のものだ。僕だけの恋人で、宝石で、家庭で、僕の全て。
僕は今度は激しく君の唇を吸った。そして瞼に、首筋に、髪の毛に、耳たぶに、鎖骨に、脇の下に、胸に、乳首に、筋肉が浮かんでいる君のおなか、腰骨の浮いた下腹部へ。
君自身はもう凄く硬かった。僕がむしゃぶりついたとき、突然電流が僕の身体を走った。信じられないけど、君は身体を反転させて僕自身をくわえたのだ。不器用だけど、舌が絡みついている。パニック。まるで数字の69みたいに僕と君が絡み合っている。二人が同時に相手に快楽を与えている感覚と事実が、メビウスの輪みたいに繋がった僕らを襲う。裏も表もない迷宮に僕らは今、迷い込んでいる。
僕は必死に君自身をしゃぶった。終わらせてやる、僕がやられる前に。僕は君に甘く噛みついた。鋭い君の反応が肌を超えて伝わってくる。薔薇の赤、ジャスミンの白、ラヴェンダーのパープル。パインのジグザグ、北斗七星の迷路。起きるために眠りますか?眠るために起きますか?君が膨らんでくる。僕も膨らんでいる。声にならない呻き声がディオを奏でる。あああああああああぁぁぁぁぁあああああ。
そこからしばらく、僕には記憶がない。