ユリ-22
「そうそう、丁度そんな感じ。東北弁というのは東京の人間が聞くと分からないけど、同じ日本語だから耳が慣れてくれば大体分かるだろう? でもフィリピンの方言というのはそれとは違ってね、全然別の言葉なんだ。だからいくら注意して聞いていたってお互いに話は全然通じない。東北弁と東京の言葉は日本語の分からない外人が聞けば同じような言葉に聞こえると思うんだけど、タガログとイヴァナグは外人が聞いても全然別の言葉のように聞こえる。外国語が分からなくても英語とフランス語が別の言葉だということは聞いていて分かるだろう? 丁度そんな感じなんだ」
「そうですかぁ。高田さんも言葉では苦労してるんだぁ」
「うん今でも苦労しているね」
「分かるなぁ。私も東北弁の上に馬鹿と来てるから言葉では苦労すんですよぉ。人と喋るのが怖くてこっちへ来たばかりの頃は誰とも喋らなかったんですよ」
「でも東北弁のなまりは全然無いよ」
「そうでしょう。だけど癖のある喋り方でしょう? 東北弁隠していたらいつのまにかそんな喋り方になっちゃったんですよぉ」
「うんまあ、ユリちゃんの喋り方はなかなか可愛いよ」
「そうですかぁ?」
「うんなんだか花文字で喋っているみたい」
「花文字で喋ってるんですかぁ。高田さんっておだてるのが上手いなー」
「いやいや本当」
「あと奥さんが外人で困ったことって何ですかぁ?」
「困ったことは沢山あるね。食べ物とか着る物とかなんでも初めは困ったよ」
「着る物で困るってどういうことですか?」
「うーん、服装の感覚がちょっと日本人と違うから彼女に服を買って貰うととんでもない物を買ってくるんだ。それでも着ないと怒るから我慢して着るんだけどね」
「どんな物買って来るんですかぁ?」
「まあとにかく派手な物を買うね。例えばワイシャツで彼女の店に飲みに行ったりするとみっともないって怒るからね」
「ワイシャツがみっともないんですか?」
「うん、あれは仕事着だから遊びに行く時は着る物じゃ無いって言うんだ」
「ああ、そういうもんですかぁ」
「昔東京にいた頃、上野公園に花見に連れていったことがあるんだけど、一面に咲いている桜を見ても感心しないんだ。上野公園全体が満開の桜で薄紅色に煙っていてね、それは見事なもんだったんだけど、僕が凄いだろうと言うと『何が?』って言うんだ。で動物園に入ったら入り口の所にちょっとした花壇があって、チューリップとか三色すみれとかいろんな色の花がびっしり植わっていてね、それを見たらもう大感激して喜んでいるんだよ。つまりフィリピン人には桜みたいなぼけた色の花は面白くないんだな。だから日本庭園なんか見せても面白がらないし、ディズニー・ランドみたいなゴチャゴチャした所は大好きなんだよ」
「わー、私もディズニー・ランドは大好きですよ」
「うん若い人はそうらしいね。僕なんかテレビのコマーシャル見ただけで草臥れちゃうし、行きたいとも思わないんだな、ああいう所は」
「それで良く奥さんと合いますねぇ」
「うん、相手は外人なんだから違っていて当たり前だと思うからあんまり苦にならないんだね。でも考えたら同じ日本人だって自分と同じ人間なんかいないんだから違っていて当たり前なんだよ」
「そうですねー、それで高田さんが奥さんに合わせるんですか」
「うん僕もユリちゃんみたいにあんまり自己主張が強く無いから大体は彼女に合わせるね。でも例えば食事なんかは僕に合わせてくれるよ」
「それじゃ奥さんが日本の料理を作ってくれるんですか?」
「そうじゃ無いの。初めは料理するのは奥さんの務めだからって言っていろいろ作ってくれたんだけど味が違うからね。例えば肉じゃがって知ってるだろう? あれが出てきて、お、これは好物だと思って食べると塩・胡椒で味付けしてあるんでガクッときちゃうんだ。まあそれはそれで美味いんだけども肉じゃがの味は又別だからね。それで出された物はとにかく文句言わずに食べるんだけど、やっぱり美味くない物は沢山は食べられないから残すんだ。その内女房も、文句は言わないけど好きでは無いんだなってことが分かって来て、作らなくなった。だから今では僕が食べる分は僕が自分で作っている」
「それじゃ奥さんが合わせているんじゃなくて高田さんが合わせているんじゃないですか」
「そう思うだろう? でも違うんだよ。彼女は夫の為に料理を作ることが奥さんとしての務めだと思っているけど、それだけじゃ無くて奥さんの権利だと思っているんだよ。この人の食べる物は他の人には作らせない、私だけの特権なんだからっていう感じ。それを僕の為に放棄してくれている訳だからやっぱり彼女が僕に合わせてくれているんだと僕は思うよ」
「なるほどぉ、そうなんですかぁ。でも高田さんて優しいんですね」
「なんで?」
「なんとなく」